497.お前にだけは言われたくない

 真剣に魔王史や文献を調べる執務室は、珍しく大公四人が勢揃いだった。それだけでなく、イヴとシャイターンが友人を呼んで遊んでいる。大量の積み木が空を舞う現場で、さすがのアスタロトも書類処理を諦めた。


 執務室は魔法厳禁なんですけどね……そうぼやいても、子ども達は「わかった」と返事をした側から魔力を使う。


 結界を張って仕事をすれば、結界に使用する魔力に反応して朱肉やインクが消えてしまう。このシステムは偽造防止に最高だが、逆に仕事場が限定される不自由さも兼ねていた。どちらがより重要かと問われれば、このまま現状維持を誰もが望むのだが。


「ゴルティー、三角の赤いの取って」


「僕は青い屋根がいい」


 お城らしき建造物を制作中の積み木の色をめぐり、イヴと琥珀竜ゴルティーが対決する。だが、ここであっさりイヴが譲った。


「じゃあ、青でいい」


「はいよ」


「うん」


 仲良く遊ぶ姿に、愕然としたルシファーが呪いのように呟いた。


「嫁にはやらん、嫁にはやらん、嫁には……」


「静かにしてください」


 愛娘モルガーナを腕に抱き、アスタロトはしっかり休暇を堪能する。ちなみに妻アデーレは職場の様子を見に行った。どちらも仕事熱心でハードワーカーだが、休みは休みで堪能すればいいのに……とルシファーは肩を竦める。


 イヴはご機嫌で鼻歌を歌い、隣のゴルティーが尻尾を揺らす。ぐらぐら揺れる積み木の建物は、突然崩れ去った。


 幼子達が泣く。そう思ったルシファーが立ち上がるが、その前にリリスが止めた。


「ダメよ、ルシファー。邪魔したら」


「邪魔じゃなくて、直そうと……ん?」


 シャイターンが奇妙な動きを始めた。届かない位置から手を伸ばし、積み木を元通りに直す。それも……まったく同じ配置で。


 黄色い円柱の塔に青い屋根を乗せた。しかも屋根が右側に傾いているのまで再現する。異常さに気づいて固まるルシファーに、ルキフェルやベールも視線を向ける。


 するすると逆再生するように積み木の城は元に戻った。


「今の、見たか?」


「ええ。偉いわね、元通りよ」


 リリスは手を叩いて喜び、シャイターンを褒める。嬉しそうなシャイターンに、イヴもお礼を言った。ごく普通の家族の風景なのに、起きた現象が異常を示す。


「逆再生……?」


「えええ?! あの魔法はすごい複雑な計算の上で……」


 首を傾げたルシファーと、そんなわけないと否定するルキフェル。だが目の前で起きた現象は、巻き戻しの魔法と思われた。


「シャイターンの能力ってコレか」


 凄いなと親バカな発言をするルシファーに溜め息をつき、シャイターンを見つめる。無邪気なシャイターンは、ロアと寝転がって遊んでいた。襲われているように見えるが、顔中舐められているだけだ。


「先日まで魔法は使わなかったのでしょう?」


 ベールの確認に、ルシファーが頷く。


「やだぁ、凄いじゃない。やっぱり陛下の血筋ね」


 ルシファーに心酔する精霊女王は、何が起きても「魔王陛下の血筋」で納得するらしい。


「あれかな、番を得たので何か覚醒しちゃった感じ」


「神獣に多い現象です」


 ルキフェルの推論を、淡々とベールが支持する。実際、夜に消える現象が起きてから、シャイターンは息をするように魔法を使っていた。欲しい果物をテーブルの上で引き寄せたり、着替えた服を放り投げたり。どちらも魔法陣なしで簡単に使ってみせた。


「番なの? じゃあ、シャイターンの結婚はイヴより早いかも知れないわね」


 ふふっと笑うリリスの言葉に、ルシファーは顔色を青くした。そんな! 数千年は一緒に暮らせるんじゃないのか? 独立が早いのは困る。


「親離れの心配はしませんが、子離れは大変そうですね」


アスタロトおまえにだけは言われたくない」


 娘を大切そうに抱くアスタロトへ、ルシファーは厳しい声で指摘した。

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