449.私が飲んで正解でしたね
己の出生をアスタロトは覚えていない。これは他の魔族も同じだったことから、突然世界に出現したのだろうと考えていた。
魔力の何たるかも知らぬまま、ただ膨大な力を振るう。それでほとんどの面倒ごとは片付いた。絡んできた愚か者の処分も、食糧となる獲物の捕獲も。思い通りにこなせる。そんな中、自分とよく似たアスモデウスに出会った。
魔王という概念が魔族に広まり始めた時期だ。まだ強者が誰か決まっておらず、ベールやベルゼビュートと睨み合い状態だった。それぞれに能力が違うため、戦っても決着がつかない。同族と呼んでも差し支えない能力を持つアスモデウスの登場は、有利に働くかに思われた。
「あの男は役立たずでした」
アスタロトは容赦なく断じた。というのも、どちらかといえば邪魔をされた記憶しかないのだ。ベールと戦う際に攻撃に参加し、助ける気かと思えば何故か攻撃がアスタロトに当たる、など。この場にベールがいれば「そんなこともありました」と懐かしむだろう。
ルシファーが出現した頃には、アスモデウスはすっかりアスタロトに嫌われていた。そのため一緒に行動することはない。
魔の森のリリンがどう考えたのか。森にとって不要な黒い感情を集めた塊は、処理されることなく放置された。それが呪いとなり、アスタロトに襲いかかる。その場にいたアスモデウスが手を貸すが、自分に呪いが伸びてきた途端、手のひらを返すように見放した。
「絶対に殺すと誓いましたが」
それはそうだろう。最初から手出ししなかったなら、そこまで恨まれることはない。だが助けに手を伸ばしておいて、逃げ出したのだ。異常な気配を感じたルシファーが駆けつけ、呪いを一度吹き飛ばした。だが再び襲ってきた呪いは、アスタロトが飲み込んだ。
文字通り、体内に吸収したのだ。放置することは出来ないが、勝手に消滅するものでもない。アスタロトは自らの命を懸けることに納得していた。
「あのまま死ぬと覚悟しました。アスモデウスを道連れにしてやろうと思いましたが……ふふっ、ルシファー様に止められましたね」
「あの時は怖かったぞ。お前はオレの血を吸いまくるし、呪いで染まった目で睨む。その上、アスモデウスを殺すと呟いて、威嚇するんだからな。解き放ったら魔族全体が危険だった。止めるしかないさ」
肩を竦めたルシファーの言い分に、アスタロトは「そうでしたかね」とすっとぼけた。記憶力を誇る男の発言に、ルシファーはそれ以上追求しない。こういう過去のやらかしは、お互い様だった。
「どうやって呪いを封じたの?」
「簡単ですよ。呪いが求めるものを与えてやればいいのです」
リリスの疑問に、さらりと答えたアスタロトは、やや冷めたカップのお茶を飲み干した。アデーレが慣れた手付きでお茶を足す。
「呪いが求めるもの……」
うーんと考え込んだリリスに、答えを示したのはアデーレだった。
「己の無念を晴らすための器、でしょうね」
アスタロトとルシファーは無言で頷く。戦いで死んだ者の重く暗い感情や、誰かを妬む気持ち。そういった黒い思いは強く、なかなか消えない。もやもやした感情が形を取り始めたが、器は必須条件だった。
「乗っ取られる心配はしなかったの?」
心配そうに尋ねるリリスも、現在のアスタロトしか知らない。だから不安そうに呟いた。乗っ取られて別人になってしまったらどうしよう、と。
「ご安心ください、ほぼ融合しました」
ベルゼビュートなら吐き出した。もしベールが飲んだとしても、変質しただろう。ルシファーなど想像するのも恐ろしい。
「ですから、私が飲んで正解でしたね」
誇るようにそう告げたアスタロトに、ルシファーは何も言わずに肩を竦めた。
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