446.仕事をしたら一家団欒も忘れずに

 魔王一家の団欒は、夫婦二人から娘を交えた三人に増え、養子と末っ子が増えて五人になった。イポスに連れられて保育園へ向かったイヴとレラジェは、帰りもしっかり手を繋いで帰宅する。


「こっちにおいで」


 執務室へ顔を出した二人を手招きし、リリスを呼んでくれるよう侍従のベリアルに頼んだ。来客用のテーブルへお菓子やお茶を用意し始める。相変わらずなんでも放り込まれた収納は、今日も元気にいつのだか不明なお菓子とお茶を出現させた。


「いい加減、腐ったのではありませんか?」


「平気だ。出来立てだぞ」


「……いつの出来立てですか」


 眉を寄せて安全性と賞味期限を心配するアスタロトだが、収納空間で物が腐ったり劣化しないのは知っている。ただ、食べ物を数千年単位で保管するのをやめて欲しい。家族に平然と提供するのもどうだろうか。この辺はリリスの口から注意させよう。アスタロトは密かに決意した。


 まあ収納し忘れた大量備蓄のお陰で、魔の森の草木から魔力が失われた時は助かったのだが。それはそれ、これはこれである。


 レラジェとイヴは初めて見るお菓子に興味津々だった。いわゆる平べったい焼き菓子なのだが、色が非常に地味だ。リリスの好みで、焼き菓子は砂糖やチョコでコーティングされることが多い。木の実を入れることもあり、形状も様々だった。


 丸いお菓子を上から叩き潰したような形、初めての香りに、二人は目を輝かせる。この姿を見ていると、見た目通りに幼く感じられた。


「これ、何? パッパ」


「人族が昔作っていたので、真似て作ったやつだな。甘くないお菓子だ」


「甘くないの?」


 がっかりした様子を見せたのは、イヴだ。甘党の彼女は、初めて見るお菓子に興味を失ったらしい。不満そうに足を揺らす。そこへルシファーがジャムや蜂蜜を用意した。イヴの好きなチョコレートもたっぷり。


「これを塗って半分に畳んで食べるんだ。楽しそうだろ」


「そんな食べ方でしたっけ?」


 普通に食べていた気がします。アスタロトの指摘に「これでいいんだ」とルシファーは開き直った。過去の食べ方と同じ必要はない。美味しければいいのだ。自分で塗れば甘さや量も調整できる。


 野暮な指摘を諦め、アスタロトはレラジェに話しかけた。


「本当にこの父親で大丈夫ですか? 不安なら、別の家庭を紹介しますが」


「ううん、僕はパパとママの子がいい。可愛いイヴもいるし……シャイターンのお兄ちゃんになりたいから」


 すでに呼び方がパパとママになっているなら、問題なさそうですね。ほっとした顔でアスタロトが頷いた。


「ルシファー、もうお仕事終わったの?」


「休憩だ、リリス」


 手招きして、シャイターンを抱いたリリスを膝に乗せる。初めてのお菓子に手や服を汚しながら、イヴがご機嫌で頬張った。その世話を焼きながら、レラジェも齧り付く。大量にチョコを巻いたイヴのお手製クレープもどきは、反対側から勢いよくチョコが吹き出した。


 その様子に笑い転げ、溢れたチョコをイヴが指で掬って舐める。子育て家庭によくある光景だが、一般的には悲鳴を上げる状況だろう。浄化魔法のある家庭なら、さほど問題視されない。


「アスモデウスは元気か?」


「ええ。毎日鳴きながら走り回っていますよ」


 外へ散歩に連れ出す手間が省けて助かります。そんな口調のアスタロトに、追い回される子犬の光景が浮かぶ。可哀想だが、あいつの自業自得だ。過去にアスタロトが呪われた原因のひとつが、アスモデウスだからな。


 懐かしく思い出しながら、ルシファーも差し出されたクレープもどきに口をつける。齧った途端、ぼたぼたとジャムが溢れた。少し考えて、結界でクレープ巻きを包む。ジャムだらけになったが、結界のお陰で溢さず食べ切った。


「それ、僕にも教えて」


 キラキラした目で強請られ、ルシファーは機嫌よく息子レラジェに結界の作り方を伝授した。

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