444.レラジェのお引越し

 ずっと一緒に暮らしてきた両親代わりのアンナとイザヤ、兄姉も同然のルイとスイ。荷物を収納へ放り込み、挨拶を交わした。


 以前は城下町の屋敷に住んでいた日本人だが、最近は魔王城内に部屋をもらって住んでいる。居住区と呼ばれるこの一角は、侍女や侍従から大公女達まで暮らす。幅広い職種の様々な人が生活する場所は、雑多な文化が入り混じる区域だった。


 アンナ達は週末や長期休暇は城下町で過ごすため、また遊びに行く約束をした。別れを惜しんでいる彼らの後ろで、ルシファーは居心地悪そうに壁際に張り付く。なんだか、家族を引き裂くような気分になり、何と声をかけるべきか迷っていた。


「じゃあ、またね」


「うん、またね」


 また明日と言わんばかりの軽さで、レラジェは手を振って別れる。駆けてきたレラジェと手を繋ぎ、ぺこりと会釈した。ルシファーと一緒に歩きながら、レラジェは振り返ることもしない。


「いいのか? 向こうで暮らしてもいいぞ」


 心配でそう提案すると、きょとんとした顔で首を傾げた。


「僕、イヴと一緒の部屋の約束したよ」


 いつの間に? そう思いながらも会話を続ける。


「だが別れるのが辛いみたいだから、もう少し年齢を重ねてからでも構わないと思ってな」


「いつでも会えるじゃん。いいよ、別に」


 言われてみれば、確かにそうだ。魔王夫妻の部屋に引っ越すから三階に暮らすが、当然庭に降りるなら下へ行く。ちょっと歩くが、居住区も遠くない。いつでも会うことは可能だった。


 仕事で会えない日やすれ違いも考えれば、寝る場所が変わるくらいの感覚だった。しかも、レラジェの魔力はルシファーに近いので、うまくすれば城内で転移も可能かも?


 その辺は、後で大公の誰かに確認しよう。


「着いたぞ」


 話をしている間に、魔王城の最上階に到着した。家族の私的スペースの扉を開ける。


「わーい!」


「おかえり、レラジェ」


 飛びつくイヴと、微笑むリリス。お祝いのために用意した花びらの舞う部屋は、お菓子やジュースが並んでいた。


「た、だいま」


 照れた様子のレラジェを部屋の中央へ押しやる。後ろを歩きながら、ルシファーの顔が緩んだ。新しい家族だ。イヴは兄ができると大喜びだった。


「お兄ちゃん!」


「イヴって呼ぶね」


 すぐに手を繋いで、イヴはテーブルまで案内した。お菓子はリリスが作ったり焼いたものもあるが、イヴの好物も並んでいる。それを「これ美味しいよ」と勧めた。素直に勧められたお菓子を口に入れるレラジェに、イヴはご機嫌だ。


「仲良く出来そうでよかった」


 リリスが大人びた顔でそう呟く。嬉しそうな口元の笑みに釣られ、ルシファーも満面の笑顔になった。


「これでイヴの護衛とヤンが増えたら、部屋が狭いな」


 一般的には十分広い部屋だが、使っていないスペースがあったはず。かつて王妃の間として準備され、半分ほどをクローゼットにしていた。


「奥のお部屋を子供部屋にしましょうよ」


「いいな、明日の朝ドワーフの親方を呼ぼう」


 にこにこと相談する二人の元へ、イヴに手を引かれたレラジェが近づく。上目遣いで何か言いたそうだが、顔や首が真っ赤だった。何を照れているのか。はしゃいで具合が悪くなったとか? 心配になったルシファーが視線を合わせるため屈む。


「パパ、ママ……これからよろしく……」


 消え入りそうな声でそう呼んだレラジェに目を見開き、ルシファーは手を伸ばした。ぎゅっと抱き寄せ「私も!」と飛びついたイヴごと、抱えた。


「私達もよ」


 笑ったリリスが、シャイターンを抱いて腕を絡める。両手からこぼれ落ちそうな幸せをかき集め、ルシファーは全員を抱き上げた。もちろん、魔力チートの恩恵で。

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