第25章 蘇った過去の思い出

437.立派になりましたね

「オレは魔王の交代を望まれているんだろうか」


 休暇中のアスタロトの元へ、しょんぼりしたルシファーが押しかけた。いつにも増して鬱陶しい上司の様子に、事情を聞いたアスタロトは呆れた。


 ルシファーがレラジェを養子とし、キャッチボールを楽しんだ。多少エキサイトしたが、その後奇妙な噂が広まったらしい。その噂はアスタロトも耳にしていた。アホらしいので、聞いた瞬間に否定したほどだ。


 魔族の養子縁組は数えきれない数あり、ほとんどは問題なく大人になるまで継続される。そのうちの一つが、たまたま魔王だっただけの話。それを跡取りを決めて引退するだの、次世代の育成だのと決めつけられる理由はなかった。


 元々、噂話を間に受けてここに来るルシファーも、どうなのだろうか。もっとひどい噂話は過去にあったし、死亡説が流れた時期もある。今更だろう。それでも悄気ているなら、別の原因があるはず。


「それで、何が気になったんですか?」


「……キャッチボールでオレが、レラジェに負けたことになってる」


 なるほど。事前にベールやルキフェルに相談しなかったことに首を傾げましたが、順番が逆ですね。相談したけれど、彼らに一笑に付された。


「負けて問題でも?」


「負けてない」


「ならば否定すればいいでしょう」


「だが……」


 うじうじと悩むルシファーに喝を入れた。


「くだらないことで悩まない! 定期的にその癖は現れますね。あまり悩むようなら、血を吸って棺に収めますよ」


「……っ、すまなかった」


 そこでようやく、ルシファーは思い出した。不安に駆られて頼ったが、今の彼は休暇中なのだ。妻アデーレとの蜜月のようでもあり、待望の長女でもある。嫁や養女はいるが、血が繋がる娘は初めてだった。


 堪能する幸せな時間を潰したのだ。あたふたしながら謝罪し、アデーレにも後日謝りに来る旨を約束して退散した。漆黒城の応接室で、魔王を見送ったアスタロトは肩を竦める。


 タイミングが悪いのも、ルシファーの特徴だ。帰るのがもう少し遅ければ、鉢合わせするところでしたね。応接室のお茶を収納へ放り込み、アスタロトは久しぶりに顔を合わせる友人に手を差し伸べた。


「無事目覚めたようで、ほっとしました」


「そうか? 滅びてしまえと思ったくせに」


「いえいえ」


「棺がカビていたけど?」


 管理しなかっただろう。責める響きではなく、面白がる口調だった。靄のようにぼんやりした印象の青年はひとつ欠伸をする。アスタロトによく似た赤い瞳、柔らかな茶色の髪は後ろで一つに結ばれていた。長さは足首近くまである。


 慣れた手付きで三つ編みに仕上げる青年は、長くなりすぎた前髪を、ばっさりと爪で切り落とした。長過ぎる爪も、丁寧に折って整える。髭に覆われた肌も、爪ひとつで手入れを終えた。


 こざっぱりした青年は、部屋を散らかしたことを詫びない。代わりにパチンと指を鳴らして掃除した。その顔立ちは、アスタロトによく似ている。兄弟や親子でも通るだろうか。


「立派になりましたね」


「魔王陛下に殺されて以来だっけ? 本当に久しぶり……父上」


 にっこり笑った青年に、アスタロトは淡々と名を呼んだ。


「すでに死んだと諦めていました。蘇ったなら、我が君に謝罪をしてくださいね。アスモデウス」


 支配するように魔力を込めて名を呼ばれ、アスモデウスは眉を寄せた。


「謝る? この俺が?」


「ええ。他に誰かいますか」


 先程までルシファーが座っていたソファーで、アスモデウスは唸った。

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