427.嫌いではないが不満があるのだ

 浮かれて帰ってきたイヴは、手を広げて待つルシファーを素通りした。ショックを受ける父を尻目に、レラジェに抱きつく。泣きながら崩れ落ちるルシファーを、リリスが撫でた。


「泣かないのよ。娘って独り立ちするんだから」


「いくらなんでも早いだろ!!」


 ツッコミとも反論ともつかない叫びは、ルキフェルの大笑いに飲み込まれた。


「ちょっ! 腹痛ぁ……無理、ひぃ」


 笑い過ぎてルキフェルは床に転がる。イヴに抱き付かれたレラジェはきょとんとした顔で、ルキフェルとルシファーを交互に見つめた。状況が理解できない様子だ。そんなレラジェに、笑いを堪えてルキフェルが状況を説明した。


 リリスの子育ての手伝いと、休暇延長のアスタロトに押し付けられた仕事で、ルシファーがほとんど寝ていないこと。今日も忙しいのでルキフェルが迎えに行ったが、イヴはそれが気に入らなくてご機嫌斜めだ。シャイターンも空気を読まずに泣き出した。


 大混乱なのは理解したレラジェは、イヴの手を引いて部屋の隅へ移動した。いつもならヤンがいる場所だが、彼も子育て要員として森に出ている。どの種族も子育て経験者は、喉から手が出るほど欲しいのだ。


「こっちおいで。イヴ、僕がいるよ」


 アンナに懐いて双子と一緒に育ててもらったレラジェは、感情豊かに成長した。当初は自分は力の受け渡しに使う器だと口にするほど冷めていたが。現在は感情の起伏が激しい一人の少年だった。


 ルシファーによく似た顔と、リリスの色合い。この組み合わせと、魔の森が生んだ経歴が重なり、ルシファーの弟として認識されている。幼い頃はルシファーそっくりと称されたが、最近は個性なのか、見分けのつく違いがあった。


 表情や年齢ではなく、雰囲気だ。ヤンチャな子どもらしい悪さも度々目撃されている。早くから大人になることを求められたルシファーとは、かなり違ってきた。育った環境の影響が大きいのだろう。


「あのね、つまんないの」


「分かるよ。僕もそうだった」


 二人で何やら話し始め、ルシファーは近づくことを止められた。ルキフェルが言うには、イヴは不満を溜め込んでいる。吐き出す必要があるのだ、と。同意して話を聞いてくれるレラジェは、今のイヴに必要な存在だった。


 説明されれば分かるが、気持ち的に納得したくない。話ならオレだって聞けるし、ちゃんと慰められる。そう思うが、リリスとルキフェルに声を揃えて「しばらく触れるな」と釘を刺された。


 イヴは声を顰めることなく、感じた不満をぶち撒ける。遠慮も容赦もないのが幼子だ。抱っこされなかったこと、迎えが遅いこと。ご飯を食べている時もシャイターンが泣くと放り出されるし、一緒に眠る時に手を握らないことも気に入らなかった。


 ルシファーに言わせれば、まったく違う視点だ。抱っこはしているが足りないらしい。迎えが遅くなるので、ルキフェルにちゃんと頼んだ。別にイヴを忘れたわけじゃない。


 ご飯の途中でも、赤子が泣けば親は反応するものだが、今後はイヴを優先した方がいいだろうか。眠る時に手を握って抱き寄せたのだが、イヴの寝相が悪くいつの間にか離れてしまう。シャイターンが夜中に泣くたび起きるルシファーは、寝かしつけに成功するとベッドに潜り込んでまたイヴの手を握っていた。


 何か証明する方法を考えないと、蔑ろにしていると勘違いされる。録画の水晶をルキフェルに借りようか。真剣に迷った。


「録画の水晶でしょ? 貸してあげる」


 さすがに気の毒に思ったのか、ルキフェルは苦笑いして譲歩した。こうして魔王夫妻のプライベート空間である寝室に、録画用カメラならぬ水晶の設置が決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る