235.8本脚は食えるか、否か

 天井に巨大な蜘蛛が貼りついており、その脚に蛇が絡まっていた。過去のトラウマで蛇が苦手なルシファーの叫びに、慌てたアスタロトが結界を張る。イヴの手が届かない距離で張る辺り、ルシファーより賢かった。


「なんだ、蛇でしたか……これは蜘蛛……?」


 同じように8本の脚があり、体もころんと丸い。蜘蛛の亜種だろうかと近づいて確認するアスタロトの脇を、凄い勢いでアベルが駆け抜けた。と、一抱えもある大きさの蜘蛛を手に掴み、興奮した様子で捲し立てる。


「これ、カニっすよ! 巨大蟹を鍋にして食いたいです!!」


「食べるの、ですか?」


 見た目が黒っぽくて美しくないし、まったく食欲をそそられない。顔を近づけても生臭さが強く、眉を寄せて数歩引いた。ある意味、魔王一行はアベルのテンションにドン引きだった。どうひいき目に見ても食べ物に見えないし、食べたことがある沢蟹や小型の蟹はすべて赤い。


 黒くてざわざわ動く脚は不気味だし、意思の疎通が出来ない目? と思しき器官が動くのも気持ち悪い。蜘蛛改め蟹は、アベルの体にがっちりしがみ付いた。イザヤがいたら「エイリアン捕食シーン」と呼んだかも知れない。


「ルカには、注意しておきます」


 アベルはゲテモノ好みの変態だと告げるつもりで、愛娘を思い浮かべる。間違っても可愛い孫達に害が及ばぬようにしなくては……そんな義父の対応に、アベルはぷんすか怒り出した。


「蟹、海辺で食ったじゃないっすか。あれと同じですよ」


「色もおかしいですし、臭いも最低です。腐っている気がします」


「生きてるのに腐ってないっすよ! 新鮮そのもので……ああ、ひとまず大きい鍋で釜茹でしてから話を聞きます」


 鍋で煮たら「釜茹で」にならないのでは? 奇妙な言い分に首を傾げながらも、アベルにひっついた蟹を義息子ごと放り出した。アスタロトの乱暴な扱いに抗議するより、興奮状態のアベルは「鍋! 巨大鍋がいる」と同僚達に叫ぶ。


「……あ、アスタロト……その、これを」


 蟹はアベルと一緒に外へ出されたが、その際特定されなかった生き物が取り残された。蟹の脚に絡まっていた蛇である。ウミヘビを知らないルシファーは、毒蛇の一種だと思い込んで後退る。だがしっかり妻子を背に庇う辺りは、頑張ったと言えよう。


「ああ、忘れておりました」


 さらりと残酷な発言をしたアスタロトが笑顔で首を傾げた。


「ルシファー様、まだ探索を続けるなら、蛇に遭遇する可能性が高いかと」


「出る! オレは今すぐ出る!!」


 結界内にも関わらず、転移を使って逃げ出した。リリスとイヴを連れて転移した魔王の残像を目に焼き付け、アスタロトは肩を竦める。足元に落ちている蛇を拾い上げ、身長の半分ほどしかない蛇をじっくり眺めた。平たい黒蛇はぐいと頭を持ち上げる。


「別に危険はないと思いますが」


 毒の有無を確認し、ぽんと放り出した。落ちた蛇はするすると逃げていく。手近な部屋に入っていき、そのまま行方を晦ました。おそらく海水のない環境で長生きは出来ないでしょうが……魔物なら地上に順応する可能性もありますね。


 陸で暮らす蜘蛛や蛇に影響が出ないかどうか、調査と追跡を行わせましょう。希少な虹蛇などの幻獣を襲われても困ります。迅速に手を打ちながら、アスタロトは硬い金属で覆われた窓枠や廊下の壁を撫でた。


「おかしいですね、人族にこれほどの巨大建造物、それも海に浮く船など作る技術があったとは思えません」


 魔族なら出来たか。そう問われたら、ある意味イエスで、ある意味ノーだった。魔法を使っても構わなければ、海に浮かべて航行する船の製造は可能である。また金属加工においても、出来上がりをイメージさせる模型や設計図があれば、ドワーフ達が試行錯誤して作り上げたはず。


「このような船を見た記憶がありませんね」


 結論付けて、手に付いた汚れを乱暴に払った。

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