221.我は壊れてしまったのですか
ふぁさ、大きく広がった翼は毛皮と同じ灰色だった。きょとんとした顔で、背の羽を動かし、続いて尻尾を振ってみる。どちらも己の意思を反映して動くと確認した後、ヤンはゴメン寝スタイルになった。
両手で鼻先から目元を覆い、蹲るように丸まる。尻尾は脚に沿わせ、背の翼もペタンと地に伏せた。
「我は壊れてしまったのですか」
「あ? いや、大丈夫だ。翼が生えただけで何も問題ないぞ」
ひとまず慰めに入るルシファーだが、かけた言葉はなんともチグハグだった。大丈夫と保証するが、翼が生えたのは大事件である。過去に翼の生えたフェンリルはいなかった。一番近いのはグリフォンだろうか。
問題ないどころか、新種登録されそうな姿でヤンは嘆く。この姿では一族の元へ戻れない。祖父として孫を導く役目を楽しみに老後を生きるヤンにとって、フェンリルの形を保てないことは自我の崩壊に等しかっった。
「そう落ち込むな。今後のフェンリルは翼が生え、ドラゴンのように活躍するかも知れないだろ。そう考えれば、ヤンが先駆けだ」
「本当に? おかしくありませぬか?」
縋るようなヤンの声に頷く。実際、途中で形態や能力が変化した種族も少なくない。魔狼は地上で最強種とされてきたが、今後は空でも活躍する。そう考えろと前向きな意見を押し付けた。
ルシファーの説得を聞くうちに、それも悪くないとヤンは素直に洗脳される。この辺りは、ルシファーを最上位に置くフェンリルらしい反応だった。
「ヤン、ごめんなさいね。半透明の羽が生えると思ったのよ」
詫びのつもりで大量の魔力を譲渡したベルゼビュートは、一段落ついたところで口を挟んだ。ヒゲを毟った辺りから謝ってばかりだが、実際、あれこれとやらかした。詫びるのが当然と頭を下げる。
ルシファーの予想だが、与えた魔力はヤンの体内で鳥の羽に変化したのだろう。ベルゼビュートがヤンに譲渡した魔力は馴染んでいた。ならば体に適した形へ整えられるのは自然の摂理だ。魔の森に誰が魔力を与えても同じ木が生えてくるように。それは決まった法則があると考えられた。
「ベルゼビュート様が魔力を? 我に羽を授けてくださったのか」
「あ、ええ。その……手違いもあったけど、ヒゲのお詫びよ」
感謝するヤンの素直さに、すごくバツが悪い思いをしながらもベルゼビュートは曖昧に微笑んだ。何も余計なことを言うな、と目で指示するルシファーに頷く。
「話を戻すが、ヤンは歌を聴いてから何も覚えてないのか?」
「はい。人の声とは違う不思議な音程でした。歌なのかさえ、よく分かりませぬ」
ヤンの最後の記憶が、孫と遊んでいたら歌が聴こえた、で途切れていることを再確認した。ルキフェルも操られたところを見ると、魔力の量や質に関係ないらしい。
何らかの意図があってターゲットを選んでいるのか。無差別なのか。そもそも呼び寄せる気があったのかも不明だった。己の意識と無関係に操られるため、常に複数人で行動する必要がある。誰かが海へ向かう異常行動を起こしたら、即座に捕まえる体制を整えるのが先決だった。
「魔王令を出すか」
久しぶりに使うシステムだが、強制力が強い。普段は使わず、魔族の生命に関わる時にのみ発令されてきた。
「そうですわね。もしヤンが海へ飛び込んでいたら、溺れていた可能性が高いもの」
ルキフェルなら、結界を張って海の底へも辿り着いた。だがヤンは魔獣だ。能力に関係なく呼び寄せられるのは危険だった。原因が判明するまで、海へ近づくことを禁じる。その上で、操られた者がいれば通報する仕組みが必要だった。
「ルキフェルにやらせたいが、操られたからな」
うーんと唸るルシファーへ、ヤンが首を傾げた。
「魔獣に警戒ラインを敷かせてはいかがでしょうか」
かつて人族の侵入を防ぐために作られ、利用したシステムを口にする。空を飛んでいく者を止めることは無理だが、通報はできた。ヤンの提案により、それらの案を一纏めにして幹部会議への提出が決まった。
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