193.透明の球体の正体が判明した
しっかり朝食を終わらせ、摺り下ろし林檎を堪能したイヴはゲップまで済ませた。本日のルシファーの予定は執務だが、現状では執務室がないので先送りとなる。緊急の案件が舞い込めば、ベールとルキフェル経由で運ばれてくるだろう。
「じゃあ、今日の予定はないのね」
「残念だが、アスタロト達の解放がある」
囚われているのか不明なので、解放と表現するも微妙だが。何しろ向こう側と意思の疎通が取れていない上、もしかしたら時間経過も違う気がしていた。いくら説教に夢中でも、アスタロトが中で対策を取らないのはおかしい。時間の流れを遅く感じている可能性があった。
早めに外へ出すことを考えるルシファーへ、リリスが思わぬ言葉を口にした。
「イヴに頑張ってもらうのが一番ね」
奇しくもベルゼビュートと同じ発想だった。そこが異空間であろうと、ただ隔離されて透明になっただけだろうと、無効にしてしまえばいい。さらりと言い切って笑うリリスに不安の色はなかった。
「だが危険じゃないか?」
「やってみたら、危険か分かるじゃない」
額を押さえて呻いたルシファーは、やっぱりリリスだと呟く。大人になって魔王妃の仕事をこなし、妻として我が子の世話をしていても……リリスのままだった。危険なのにあちこちに首を突っ込み、騒動を大きくした母親そっくりの髪色と顔立ちの娘は「ぱっぱ」と手を伸ばす。
抱き上げると首に手を回したイヴはぐったりと力を抜いた。まだ話し始めて、一人で歩けるようになったばかりの小さな娘を、あの得体の知れない空間に触れさせる親がどこにいるのか。いや、リリスは除外するとしてだ。
「危険だったら取り返しがつかないぞ」
「たぶん平気よ。たぶんね」
根拠はないが勘がそう告げている。魔の森の娘と考えれば、その勘を信じるべきか。だが危険すぎてルシファーは決断できなかった。そんな危ない橋を渡らなくても、ルキフェル辺りが新しい魔法を考えたはずだ。
部下を信じて、この話を一時棚上げした。
並んで戻った執務室は、相も変わらず透明だ。コボルトが上から小麦粉を散らした結果、透明の球体の外郭が見えた。透明な球体は実体があり、その内側に彼らがいるのは間違いない。そして球体の内側と外側で魔法が行き来出来ないことも証明された。
魔力を載せた声は届かないし、攻撃もお互いに消えてしまう。魔力を吸収する性質があるようで、ルキフェルが頭を抱えていた。駆け付けたドワーフの奥方達が、球体の中に飲まれた夫……と言っても見えないが、彼らを怒鳴りつける。
「ったく、何を失敗してるんだか」
「まいったもんだよ、大公閣下まで巻き込んだらしいじゃないか」
「すみませんね、魔王様」
口々に夫を叱りながら、親方の奥さんが頭を下げる。小柄な彼女の肩に手を置いて顔を上げさせ、首を横に振った。
「いや、こちらこそ済まなかった。なんとか解決しよう」
「そりゃええですけど、たぶん苦戦しますわ」
からりと話した親方の妻が、何やら記号が大量に書かれた本を差し出した。開いたページを読めと言うのだ。目を通した結果、今回の球体の正体が知れた。
ルシファーやアスタロトが望んだ透明の壁は、魔力を吸収する特異な性質を持つ。スライムのように弾力があり、物理的な攻撃もほぼ通用しなかった。厄介なことに、今回はアミーの毛が混じったことで変異を起こしている。
成功した場合、声も魔力も通さず、快適な空間を作れる夢のような素材だった。理論を組み立てた親方達は試してみたかったが、チャンスがなかった。特殊な材料ばかりで、揃えられなかったともいう。そこへ魔王と大公のお声がかかり。チャンスとばかりに飛びついたのが、今回の顛末らしい。
「……無効化、試してみるか?」
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