176.騒動の補償に海岸が欲しい

 リリスと大公女達に浜焼きを提供し、ヤンも含めた城の住人にも振る舞う。当然途中で貝が足りなくなった。ここで魔王ルシファーの能力が役立つ。


 転移魔法を海へ放り込み、海水から貝を特定して回収した。魔法による遠距離投網作戦である。ベールは苦笑いしながら目を瞑ってくれた。見なかったことにされた作戦により、大量の貝が浜焼き用に並ぶ。いつの間にか乱入した城下町の住人数名により、浜焼き大会の企画要望書が提出されるのは、数日後のことだった。


「美味しいわ、ルシファー」


「本当です。塩味だけなのに……新鮮だからかしら」


 リリスの褒め言葉に浮かれるルシファーの脇で、ベルゼビュートもちゃっかり利益を享受した。息子ジルを抱えて、ひょいぱくと口に放り込んでいく。


「ああ、ベルゼ。ちょうど良かった! 頼みがあるんだが」


「はへへほへんは」


 食べてませんわ、と言い訳する間に詰め寄られた。


「別に食べたことを咎めたりしないぞ。アスタロト達が帰ってくる前に書類処理をするから、この場を任せたいんだ」


 よく見れば幼子も走り回り、浜焼きは大盛況だった。ケガ人が出ないよう見張り、危険があれば遠ざける。ついでにケガした子が出たら、治療してやってくれ。そこまで言いつけると、ルシファーは一人で執務室へ戻った。


「あの陛下が? 珍しいことです」


 驚いたベールが追いかけると、何やら書類の作成を始めていた。手伝おうと近づけば、海岸周辺の土地を海から取り上げる申請書類を書いている。今回の戦いに巻き込まれた海からの賠償金という名目だった。


「陛下、これを提出なさる気ですか?」


「そうだ。いい案だと思わないか?」


 作ったばかりの書類を、いい笑顔で突きつける主君に……ベールは静かに頷いた。この主君にして、この部下あり。浜焼きも好評な上、砂浜遊びも可能になる。民の娯楽が増えるとあれば、魔王の求心力も上がるだろう。頭の中で酷い計算を行うベールに、海の住人への配慮はなかった。


 魔王城の破壊行為はもちろん、さまざまな被害を被った。魔王と大公の入れ替わりから、イヴ姫の拉致、挙句に戦力差を見誤っての先制攻撃。宣戦布告という最低限の礼儀すら怠った輩に、同情の余地はない。ここはルシファーもベールも一致した意見だった。


「よしっ、じゃあ次の会議で決議しよう」


 にこにこと機嫌が良くなったルシファーは、目の前に積まれた書類に手を伸ばす。補佐役のアスタロトが不在なので、代わりにベールが書類の大まかな内容を読み上げた。頷きながら意見をいくつか足して署名押印する。繰り返される作業は日が暮れるまで続き、あっさりと終わった。


「これで終わり? 今日は少なかったな」


 普段の6割ほど積まれていた書類を、さっさと分類する。魔法が使えず手作業なのだが、慣れた作業はすぐ片付いた。


「ルシファー、イヴがぐずるの」


 リリスが困り顔で入ってくる。当然ノックなどない。後ろでルーサルカが苦笑いした。止める間もなく駆け込んだリリスは、のけぞって泣く我が子をルシファーに抱かせる。執務机から立ち上がったルシファーは、左腕に抱いてあやし始めた。


「リリス、イヴは預かるから浜焼きしていていいぞ」


「いいわ。私はもう食べたもの」


 ルーサルカに戻ってもいいと伝えたリリスは、応接用のソファに腰掛けた。徐々に重くなる娘を抱く腕を解しながら、一礼して出ていくベールを見送った。


「イヴを連れ去ったアシュタっぽい人、わかった?」


「今、アスタロトが調べてる」


「それなら安心ね」


 必ず成果を持ち帰ってくれるわ。リリスの微笑みに、ルシファーも同意した。問題は、聞き出される相手が無事かどうか。今回はそこを無視した二人は、泣き止んだイヴを連れて自室へと戻った。


 翌朝、報告に出向いたアスタロトがやや照れた様子で、ルシファーの私室の前に立っていた。彼の姿を見た侍女達の噂では、魔王夫妻がいちゃついていたので入り損ねたのではないか……と。当然ながら、真偽のほどは定かではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る