146.家では母ちゃんが一番偉い
大公アスタロトの妻は、現在アデーレである。唯一押しかけ妻となった彼女の前に17人もの妻がいた。当然子どももいたりいなかったりするが、現時点で生きているのはストラスだけである。過去に娘は一人もおらず、すべて息子ばかり。その息子達の中で、比較的大人しいのがストラスだった。
抜きんでた能力はなく、研究に夢中でルキフェルに師事した。この情報だけ聞くと、ストラスの能力は研究や文官に振り切っているように聞こえる。しかし、実際のところ……カエルの子はカエルなのだ。アスタロトが文官トップでありながら、大公の中で最も攻撃的な側面を持つのと同じ。
どこまでも吸血種の純血だった。アスタロトの息子と言われて、誰もが頷くほど苛烈である。ましてや可愛い一人っ子の愛娘と一緒にいるところを襲撃されたなら、手加減するはずがない。
魔王軍の精鋭3人は、叩きのめされて地面に転がった。竜人族の若者は両手足を容赦なく折られ、神龍族の青年は地面に半分ほど埋まっている。熊の獣人である壮年の男は投げ飛ばされ、魔の森の木をなぎ倒している。怒った魔の森の蔓に絡まり、逃げられなくなっていた。
「ひ弱な研究者に対して、軍人が襲い掛かるなんて」
怒ったストラスが吐き捨てたところに、転移を終えて走った妻と義父が駆け付けた。
「あ、ママ!」
「マーリーン?!」
「無事だったか……いや、彼らは無事じゃないが」
サタナキア公爵は顔を引き攣らせる。将軍として、どう反応するのが正しいのだろう。彼の困惑が伝わって、ストラスは眉を寄せた。嫌な予感がする。
「状況を……その、説明して」
「そっちもよ」
イポスにぴしゃんと言われ、軍人3人相手に大立ち回りをしたストラスは身を竦めた。周囲でやんやと手を叩いて騒いだ住人達は、今度は冷やかしに回る。
「兄ちゃん、奥さんの尻に敷かれてんのか」
「逆らっちゃならねえぞ。家では母ちゃんが一番偉い」
説教するおじさんに曖昧に頷き、ストラスは神妙に進み出た。愛娘を抱っこした妻イポスの金髪は乱れ、必死だった様子が窺える。義父である将軍サタナキア公爵まで出動したところを見れば、何やら勘違いや行き違いがあったのは理解できた。
「イポス。悪かった」
「家に戻りましょう」
そこに反論はない。見世物になりながら説明をする気はなかった。
「パパ、ぎゅーにゅー!」
「あ、買っていくよ」
慌てて近くの店に飛び込み、収納から取り出した瓶に牛乳を詰めてもらう。大急ぎで出ると、先ほど戦った軍人達に肩を叩かれた。
「おう、大したもんだ」
「軍人になれよ」
「腰が痛い……いい投げだった」
顔を引き攣らせながら曖昧に返答し、先を歩く3人を羨ましく見つめる。ストラスの前を歩くサタナキア公爵とイポスの間で、マーリーンは手を繋いでご機嫌だった。あの光景に混じりたいのに、どうしてゴツイ軍人に肩を抱かれて牛乳を運んでいるのか。
家に戻った親子は誤解を解き、誘拐未遂事件とされたマーリーンの冒険は幕を閉じた。いつもの牛乳を飲み干し、母イポスの膝枕で眠る幼女は愛らしい。鼻の下を伸ばした祖父サタナキア公爵に命じられ、追跡の魔法陣を娘に施す婿……。扱いがいろいろ酷い気もするが、ストラスはさほど気にしなかった。
父母のあれこれを幼い頃から見てきたストラスは悟っている。妻に逆らうなかれ――もし息子が生まれたら、家訓として残すつもりだ。そのくらい重要な悟りだった。
「また魔法陣の手伝いに行くの?」
「ああ、マーリーンと一緒にいたいけど仕方ない。夜だけ働いて朝には戻るから」
「気を付けてね」
仲直りした娘夫婦の様子に頬を緩めたサタナキアは、今回頑張ってくれた3人の部下を連れて飲食店へ向かった。将軍の奢りと聞いて、彼らはご機嫌で酔っ払い……調子に乗り過ぎて店の女将に放り出されるが、自業自得である。
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