145.誤解は混乱の母であり騒動の父である

 イポスは半泣きだった。少し目を離した隙に、愛娘マーリーンが姿を消したのだ。部屋の隅でぬいぐるみに八つ当たりしながら「パパの嘘つき」とむくれていたのは知っている。育児休暇を延長した彼女は、知らなかった。


 マーリーンは転移魔法陣を使い、父親を探しに魔王城へ向かったなど……分かるはずがない。混乱しながら、偶然にも娘と同じルートで魔王城へ向かった。騒動で中庭が混乱しており、娘を抱いた夫とすれ違ってしまう。あとドラゴン一匹分ほど左を歩いていたら、気付ける距離だった。


 母親譲りの外見と魅了を持ち、大公アスタロトの息子である父譲りの魔力を持つ。きっと攫われたのだろう。もしかしたら魅了して操ったのでは? どこで何をしているのか。こんなことなら、追跡魔法陣を貼り付けておけばよかった。魔王城の新作魔法陣を見た時、なぜ買わなかったのか。後悔しながら、ふらふらと父を探す。


「どうした? イポス。家にいるのではなかったか」


 育児休暇中のイポス発見の一報は、魔法陣チェックに参加したサタナキア公爵に届いた。魔王軍の一翼を担う将軍であるサタなキアは、己の部下を連れて協力していたのだ。そこへ入った連絡に、慌てて駆けつけた。


 半泣きの娘が、ぶわっと涙を溢れさせる。


「っ、ま、り……いな、い」


 泣き過ぎて話が聞き取れないので、抱きしめて慰める。母がいないイポスを一人で育てた父は、不器用ながらも懸命に慰めた。ようやくしゃくり上げるのが落ち着いたところで、聞き出した内容に青ざめた。


 可愛い孫娘が行方不明――それも魅了が使え魔力も持て余すほどのマーリーンだ。年齢も3歳になったばかり。可愛い盛りである。きっと誘拐されたに違いない。そう決めつけたサタナキア公爵は、部下達に孫娘捜索を申し付けた。


 職権濫用に見えるが、そもそも魔族は子どもを非常に大切にする。誰の子であれ、見つけたら保護するのが決まりだった。そんな魔族にとって、3歳の幼子が母親の手を離れた時点で、捜索対象となる。魔王軍の重要な任務と表現して差し支えなかった。


「必ずや、お孫さんを発見します」


 敬礼した部下を見送り、サタナキアは娘イポスから詳細を聞き出す。今回の魔王城の魔法陣騒動で、夫ストラスが徹夜作業となった。娘マーリーンはそれが不満で、文句を言っていた。ならばストラスにも知らせなくては。


 見回すが、さきほどアスタロト大公は休憩に入った。ルキフェルはぶつぶつと呪文のように魔法陣の構成を呟き、頭の上に奇妙な魔法陣を描いている。眠らなくて済むよう、己に魔法陣を乗せたらしい。危険なので近づかない方がいいだろう。


 牛のツノを持つサタナキアの危険察知能力は高い。今のルキフェルに話しかけたら、動けなくなると本能が警告していた。尋ねる相手も見つからぬまま、15分も過ぎた頃……思わぬ連絡が入る。


「何? マーリーンらしき幼子を連れた男が、買い物を?! 捕らえて確認せよ!」


 通信を送り、大急ぎで娘イポスと共に転移魔法陣に乗る。選んで飛び乗るまでの時間は2分、飛んだ先から走って現場まで2分……その間に決着はついた。






「パパとお風呂」


 嬉しそうな娘マーリーンの金髪を洗って乾かし、魔法で冷やした冷蔵庫を開ける。いつもマーリーンが飲む牛乳を切らしていた。もしかしたら、イポスは牛乳を買いに行ったのかも知れない。ならば迎えに行きがてら、合流しよう。夕食は外で食べてもいいし。


 家族サービスのつもりで、マーリーンと手を繋ぐ。牛乳を販売する小売店は、歩いて数分の距離だった。


「牛乳買いに行こう。ママに会えるといいな」


「うん!」


 微妙にズレたスキップを楽しむ娘と手を繋いだストラスは、魔王軍の精鋭達に発見された。寝不足のせいで寒気を感じる彼はローブを羽織っており、不審者に見えなくもない。ましてや魔王軍に幼子捜索の命が下ったこともあり、犯人を捕まると思い込んでいた。


「いたぞ!」


「やれ!!」


「くそっ、僕を襲うなんていい度胸だ」


「やっちゃえ、パパ」


 突然襲い掛かった魔王軍と、大公アスタロトの息子と孫娘――思わぬ戦いの火蓋が切って落とされた。

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