143.うっかり指摘したため徹夜で残業

 ルキフェルは真剣に悩んでいた。研究所発足以来、厄介な案件ばかりを持ち込んで解決してきた彼だが、今回は突破口が見つけられずにいる。後ろで別の研究をしていたストラスが、恐る恐る声をかけた。


「所長、僕も手伝おうか?」


「ん? ああ、お願い。っていうか、普段みたいにルキフェルと呼べばいいじゃん」


 変な呼び方されるから、誰かと思った。眉間の皺を自分で伸ばしながら、ルキフェルは椅子の上で大きくのけ反った。肩にかかる長さまで伸びた水色の髪がさらりと流れる。大公程の高位魔族になると、うっかり髪も切れないのだ。処分する先を考えなくてはならない。


 髪や爪、皮膚や鱗、羽に至るまで。魔族の体を作る物質は、持ち主の魔力を帯びていた。悪用されないため、高位魔族は己の髪や爪の処理に気を使う。それはルキフェルも当て嵌まるのだ。いつもならベールが切っている時期だが、ここ最近の忙しさを知るルキフェルは催促しなかった。


 ぐしゃりと水色の髪をかき上げたルキフェルは、寄り掛かった椅子の背もたれで欠伸をひとつ。体を伸ばしてから立ち上がった。強張った肩や腰を解すように手足を動かす。


「魔法陣ならオセが詳しいかも」


 同僚の名を口にするストラスは、アスタロト大公の末息子だ。イポスの夫でもある彼は、研究の間だけかける眼鏡の縁を撫でた。


「オセは出張中。こないだ発見した何かの骨を発掘してるよ」


 見たことがない種族の骨だと言って、興奮していた。死体の検分や骨の鑑定に関する専門知識は豊富だが、多少人付き合いに問題があるオセは、この研究所内でも変わり者で通っている。初対面の人の腕を掴んで、骨をくれと強請るくらい常識がなかった。


 他の研究施設から放り出されたところを、ルキフェルが拾ったのが付き合いの始まり。魔法陣も詳しいのは鑑定関連の魔法をよく使うためだ。


「ああ、巨大生物だったっけ?」


「僕は亀じゃないかと思ってるんだけど」


 一目見て、大きな亀と判断したルキフェルは興味を失い、逆にオセは何やら仮説を立てて夢中になった。協力要請をしても、見つけた骨の研究が一段落するまで動かないだろう。諦めたストラスが肩を竦めて魔法陣を手元に引き寄せた。


 専門家であるルキフェルが眺めても気づかないなら、僕が出来ることはなさそうだ。そう考えるストラスだが、思わぬ発見をした。魔法陣の外円に使われる文言がおかしい。魔王城を守る魔法陣はものすごい巨大な魔法陣を縮小したものだ。


 元の大きさは魔王城の建物を載せられるほどだった。気になった部分を拡大していく。全体を等倍で拡大するのではなく、ズームする形で読み進めた。何度も眺めた魔法陣だから違和感に気づいたが、ルキフェルは逆に考えすぎて見落としたらしい。


「ここ、文言に変更がある」


「え? 変更できるの?」


 改変防止は組み込んだよね。思い込みで見落としたルキフェルは、拡大された文字をしっかり確認し、頭の中の記憶と照合していく。魔法を構成する式が変更され、刻まれていた。


「ストラス! 残業出来る? 全魔法陣の確認、手伝って」


「……っ、分かりました!」


 大事件だ。もし他の魔法陣にも同様の改変が起きていたとしたら、爆発したり誤動作する可能性がある。人命に関わる話に発展した魔法陣を手に、ルキフェルは椅子に掛けていたローブを手に取った。くるりと巻き付けたローブは、大公の紋章が刻まれている。


「緊急招集をかける。魔法陣を扱えるすべての研究員と高位魔族に飛ばして」


 連絡をストラスへ任せると、ルキフェルは上司ルシファーや同僚である大公達の協力を仰ぐために駆け出した。見送ったストラスは真っ先に妻イポスへの伝令を飛ばす。それから研究員の居場所特定と、転移魔法陣を使っての招集を通知した。

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