95.新たな能力が発覚!?

 ルーサルカの次男は黒髪に黒瞳で、父親のアベルそっくりである。転がされて泣き出したリンを膝に載せたら、イヴがのけぞって怒った。父親を独占したいのかと微笑むが、油断したところを思いっきり噛まれる。


「いてぇ! ちょ、いた……」


 まるで爪を研ぐ猫である。勢いよく噛み続けるイヴを引き剥がせず痛みを我慢するルシファーは、幼児達を大量にぶら下げたツリーのようだった。うっかりしゃがんだので、起き上がると誰かが転がってしまう。そこで今度はゴルティーが炎を吐く。


「こらこら」


 打ち消したところで、嫌な予感がして後ろを振り返る。腕を組んで見つめるベールが、書類を指さした。新しい書類を積んだところで、何か言いたいことがあるらしい。子ども達をすべて結界で包み、揺籃のように揺らして機嫌を取った魔王は、いそいそと机に戻る。


「書類、やり直しです」


「なんで?」


「どの子か知りませんが、この部屋で魔法を使ったでしょう」


「ジルが竜巻を……え?」


 慌てて確認する書類は、署名も押印も消えている。結界を張って防がなかったルシファーのミスだ。しかもジルが作った風の魔法を、ルシファー自身が魔法で打ち消した。どちらが原因か分からないが、室内で魔法を使うなら結界で遮断すべきなのに。


 がくりと肩を落とし、結界を張って書類に挑む。半分も片付けたのに、全部やり直しだった。ある意味、内容が頭に入っているだけ早いのが救いだろうか。そんなルシファーの足を掴んで立ち上がるのは、マーリーンだった。


 柵の隙間を抜けてきたのか。2歳を過ぎ、もうすぐ誕生日の来るマーリーンは「がうぅ」と奇妙な声を上げる。と、ゴルティーが興奮して襲い掛かる。マーリーンの手に噛みついたので彼女が泣きだし、大惨事になった。


「これはいったい……」


「魅了ですか」


 動物や魔獣に効く魅了を扱うのは、マーリーンの母イポスの能力だ。サタナキアの一族に突然変異で現れた能力は、どうやら娘に受け継がれたらしい。ということは、彼女は吸血種ではない。


「うーん。複雑だな」


「能力は登録しておきます」


 過去にサタナキアが登録せずに罰を受けた経緯があるので、そこはルシファーも同意した。


「悪いが頼む」


 となると、この場で一番魔獣に近いドラゴン姿のゴルティーが噛みついたのは、魅了への抵抗だ。魔力量が高い翡翠竜の子でなければ、魅了された可能性がある。これは本人が制御できるまで封じる必要があるかも知れないな。


 あれこれ考えながら、手元の書類に署名と押印を施した。再処理になった書類の上に、ベールがそっと書類を重ねる。気づかないルシファーは確認せずに署名した。押印しようとして手を止める。


「おい、これは違うぞ」


「紛れたようです。申し訳ありません」


 口調は丁寧に謝るが、絶対に確信犯だ。睨むルシファーが未処理へ書類を戻した。きちんと読んでいるか確認するためだったが、思ったより書面をきちんと見ているらしい。満足したベールは、近くの応接用ソファに腰掛けた。


 白紙の申請書に、マーリーンの魅了能力を記していく。魅了は他者を操る能力であるため、登録が義務なのだ。手早く書類を作成し、イポスへ渡すようメモを付けた。


「……ベール、丈夫な柵は予算で出るか?」


「申請書があれば……ああ、これは大変です」


 言葉のわりに平坦な声で告げたベールは、苦笑いする。マーリーンが出た隙間を広げる形で、子ども達が外へ出てきた。倒れた柵は半壊状態だ。


「ですが、陛下。結界で囲いを作ればよいのでは?」


 なぜ物理的な柵なのですか。問われて、ルシファーは溜め息を吐いた。


「見える柵じゃないと、子どもが突進するんだ」


 まだ魔力感知が未熟な子どものケガ予防だった。あれこれ検討した結果、柵を予算で購入して上に結界魔法を重ねることで話が付いた。魔王城の予備費から柵代は支出されたとか。

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