92.愛らしい顔立ちの息子でした
お前が産むんじゃないだろう。誰もが一瞬よぎったセリフを飲み込んだ。今大切なのはそこではない。
駆け出す母レライエの後ろにルーシアが続く。リリスは「あら」と手を当てて微笑んだ後、ゆっくりと立ち上がった。その手を取るルシファーは、イヴを抱いて首を傾げる。
「このまま行っても平気かな」
「いいんじゃないかしら。誰もダメと言わないわ」
ダメだと思っても指摘できる者はいない。ルキフェルは目を輝かせて走っていった。瑠璃竜王であるルキフェルにしたら、甥や姪が生まれる感覚に近い。翡翠竜の子が無事に産まれれば、ルキフェルに将来子どもができる確率は高まる。神龍族に続き、竜族も出産数が減り始めていた。
ここで生まれる竜人族と竜族の子は、数少ないドラゴンである。すでに卵生で産んだことで、竜族なのは確定だった。竜族の貴族、ドラゴニア家にも連絡が入っただろう。
歩を進める魔王城の廊下は、アムドゥスキアスの叫び声に釣られて集まった人々で溢れていた。ルシファーとリリスは道を開けてもらいながら、奥へと進む。
大公女達全員から要請があり、専用の宿泊部屋を用意した。一階の奥、裏庭に面した並びである。その一角で、今……新しい命が這い出そうとしていた。
「頑張れ、あと少し」
「急かしたらダメだ、アドキス」
「でも殻が落ちたんだ」
妻に諭されながら、我が子を応援する。そんな夫婦を取り囲む住人達も、久しぶりのドラゴン誕生に目を輝かせた。翡翠竜ほどの実力者の子で、なおかつ卵で8年も過ごしたなら、相当な高位竜だろう。噂が先行し、期待が注がれる。
人々の思いを感じ取ったのか、穴の開いた卵はゆらゆら揺れる。転がってヒビを広げ、ぷしっと妙な音がして尻尾が突き出した。
「普通、頭からじゃないか?」
「きっと恥ずかしがり屋なのよ」
ルシファーとリリスは、ひそひそと意見を交換する。ばりっと大きな音を立てて、殻は真っ二つに割れた。転がりでたのは、黄色いヒナだ。いや、正確には金色に近い。輝きを帯びたヒナは翡翠竜を見つめ、ぴぃと鳴いた。
「……これはまた、どう育てたものか」
うーんと悩むレライエだが、ルーシアに小突かれて我に返った。慌てて手を伸ばし、生まれたばかりの我が子を抱き上げる。ついでに夫も腕に乗せた。
「よく生まれてきた、誕生おめでとう。ゴルティー」
わっと湧き上がる歓声に驚いたヒナは母の胸に潜り込む。ちらりと隙間から周囲を覗き、美しい翡翠の瞳を瞬かせた。翡翠の小さな手がぽんぽんとレライエの腕を叩く。
「なんだ」
「名前、ゴルティーになったの?」
「そうだ」
「僕がつけたかった」
「ならば名を言ってみろ」
「キンカちゃん」
「却下だ」
なぜぇ!? 全力で騒ぐ夫に、レライエは淡々と事実を突きつけた。
「この子は雄だ」
「……この顔で?」
「どんな顔でも色でも、雄だ」
がーんとショックを受けるアムドゥスキアスには悪いが、この場で「この顔で?」の質問に頷いたのはルキフェルだけだった。どうやら竜族の目には、雌に見える顔立ちのようだ。残念ながら魔王を含めた周囲は理解できなかった。
「女の子かと思ったのに」
ルキフェルもそう呟いたので、顔立ちが女性に近いのだろう。ルシファーは角度を変えながら数回見て、首を傾げた。
「わからん。にしても、レライエはさすが母親だ。すぐに性別に気づいたのだな」
感心するルシファーへ、リリスは笑いながら答えた。
「さっき抱き上げた時、ひっくり返して確認してたわ」
亀の子じゃないんだ。それでいいのか。悩む部分ではあるが、性別が早々に判明したのは幸いだった。危うく可愛らしい女性名が授けられるところだからな。
「綺麗な子ね。イヴのいいお友達になってくれそう」
ふふっと笑うリリスに、ルシファーは青ざめた。
「嫁にはやらんぞ」
じっとこちらを見つめる翡翠色の瞳の黄金竜から、愛娘を隠す位置に立つ大人げない魔王。リリスはついに声を上げて笑い出した。
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