79.魔法陣を解体する簡単でないお仕事
連れていかれた部屋で、しょんぼりと立ち尽くす。美人でスタイルのいい女性の項垂れた姿は哀れだが、中身があのルシファーなので同情はなかった。ソファに座らせて、問題点を洗い出すための話し合いが始まる。ルキフェルは魔法陣を取りだして分解した。その脇でベールとアスタロトが議論しながら動画を再確認する。
動画の中に異常な光景はない。魔法陣が発動し、決められた通りに作用した様子が映っていた。
「問題のないことが問題です」
これではどこで問題が発生したのか分からない。困惑した顔の二人に、ルキフェルが声をかけた。
「手が空いたら手伝って。これを1枚ずつ確認するから」
69枚も重ねた美しい芸術品のような魔法陣タワーを指さす。ルキフェルはすでに3枚を解体していた。
「元に戻せますか?」
「安心して、完成版の複写まだあるから」
複製するほど精度が落ちると言われるが、ルキフェル達大公クラスなら完璧に複写可能だ。元を残したまま、新しく複写した方をバラしたらしい。安心してアスタロトも数枚手元に引き寄せた。ベールも同様に解析を始める。
のそりと動いたルシファーが、彼らの隅に並んで座り、一緒に魔法陣の分解に着手した。反省の時間は終わったようだ。慣れた様子でパズルのような魔法陣を崩し、作動する種類別に分類した。
「ルシファー、説明して」
ルキフェルは興味深そうに分類を眺める。
「いいぞ。これが女性化に必要な変換関連だ。こっちは体内の変化を促すもの、そっちが戻る時のための安全装置。一番向こうのは母乳の成分だ」
「ん?」
「なんですか」
奇妙な単語が混じっていた。そんな顔で魔王を凝視する側近達の眼差しは冷たい。
「母乳……」
「ああ。リリスの時は思いつかなくて残念だったが、イヴに母乳を与えたくて。リリスの母乳を分析して再構成した」
得意げに胸を張り主張することではないし、その胸が今はたわわに実っているので控えて欲しい。いくらルシファーだとしても、目のやり場に困るのだ。これがベルゼビュートなら見慣れているが。
「ルシファー様、母乳の魔法陣が妙な作用をした可能性が高いと思いますが」
男性に本来は存在しない母乳を作り出す器官を埋め込んだとしたら、失敗の原因になりかねない。アスタロトのもっともな指摘で、母乳部分を徹底的に分析した。合計8枚にも及ぶ力作である。手分けして一言一句目を通した。どこかに原因があると疑いの目を向けた母乳関連の魔法陣は……まったく問題なかった。
「おかしいな」
「何もないことがおかしいです」
「会心の出来だったからな」
なぜか満足げなルシファーだが、このままではリリスの夫ではなく妻になってしまう。魔王が女性になってもなんら問題はないが、夫婦生活は大事件だった。指摘されたルシファーの顔色が青くなる。
「離婚だと言われたらどうしよう」
「そう思うなら、真剣に欠陥を探してください」
ベールに叱られ、残った魔法陣を手元に引き寄せる。次に疑わしいのは、元に戻るための情報を保存する魔法陣だった。女性になるところまで問題なく発動したのだから、戻れない原因は残りの魔法陣のはず。ルキフェルも同じ推測を立て、16枚に及ぶ魔法陣を分業でバラした。
組み立て工程に矛盾はない。じっくり目を通す途中で、ルシファーが立ち上がった。昔から煮詰まると、ぐるぐる歩き回る癖がある。両手に持った魔法陣を眺めながら歩く彼が、足元に寝転がるルキフェルの足に躓き、魔法陣を庇って胸から転んだ。
「うわっ、痛そう」
「ベルゼビュートではないのですから」
素直に同情したルキフェルと、溜め息をつきながら失礼な発言のベール。しかしアスタロトは言葉ではなく動いた。咄嗟に主君の背から腕を回し、ルシファーを支える。が転びそうになり、隣のベッドへ倒れた。覆い被さる形で、魔王へ体重をかけないよう堪えたアスタロトは、無事な姿に安堵の息を吐く。
「ルシファー、イヴの哺乳瓶……嘘っ……浮気!?」
ノックもなしに開けるのはリリスの十八番。そして開いた扉の先で、純白の髪をベッドに散らしたルシファーがいた。胸の上に手を置いたアスタロトが覆いかぶさった状態で。
誤解される要素満載の光景を、忙しく左右に首を動かして確認したルキフェルは大笑いした。そのおかげで誤解は解けるが、早急に男性体へ戻りたいと願うルシファーだった。
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