67.犯人見つけたかも!

 誰が悪いか分からない状態で、八つ当たりするわけにもいかない。唯一の慰めは、半分ほどしか書類を処理していなかったことだろう。これですべて処理済みだったら、軽く泣ける。いや、今も泣いているが。


「ちょ……痛いっ、痛いぞ、イヴぅ」


 幼い頃のリリスによく似た我が子は、魔王の純白の髪を全力で引っ張っていた。普段なら結界で難なく防ぐが、魔力を無効化するイヴは物理的に最強だった。愛娘を泣かせて止めさせる気はないので、諦めて痛みに耐えながら書類に目を通す。


 リリスは魔力を同化させてすり抜けるが、イヴは単に消滅させる。この特殊能力の分析をルキフェルに依頼する必要があるか。頭の中でしかつめらしく考えても、髪を引っ張られて涙ぐむ姿では威厳もへったくれもなかった。


「おや、リリス様はどうなさいました」


 アスタロトが追加の書類を運びながら首を傾げる。どさっと積まれた量は、それでも加減されたのだろう。50枚ほどだった。いつもの半分以下なので、ほっとする。


「あそこ」


 近くのソファの上で、すやすやとお休み中の魔王妃殿下である。ここ数日イヴが夜に目を覚ますことが多く、睡眠不足だったらしい。それを補うお昼寝を勧めたところ、眠っていたはずのイヴが目を覚ましてこの有り様だった。


「それで、捜査の進展はないのか?」


「捕まえても罪に問えない可能性が高くなりました」


 差し出された追加の報告書には、ルキフェルの魔力分析結果が記されている。そのグラフが示す数字を読み解いた結果が、これだった。


「……子ども?」


「ええ、子どもが別の意図で魔法を使った副産物ではないかと」


 限りなく正解に近い言葉を吐いたアスタロトが、額を押さえた。今後の対策として、この執務室に立ち入り禁止の魔法陣でも設置するべきだろうか。民に開かれた魔王城は、各自の私室以外に鍵に該当する魔法陣やシステムはない。物理的な鍵もないが、このようなトラブルは今までなかった。


 油断していたと言われたらそうなだが、こっそり書類を紛れ込ませる者はいても署名を消し去った者はいない。執務室がある二階は侍従が常に廊下にいることもあり、さほど警戒していなかった。対策を考えながらアスタロトは話を続ける。


「署名や押印を消そうと試みたのではない以上、捕まえても厳しく罰することはできません。ましてや未成年となれば、無罪も同然ですね」


「……まあ、オレの労力くらいで済んでよかったけどな」


 書類が燃えたり消えたわけじゃない。新しく作り直しになれば、文官が徹夜作業だろう。それを思えば、署名と押印だけなら諦められる。普段は嫌がるくせに、こういう場面できっちり仕事をこなすルシファーは印章をぺたりと押した。


 魔法による干渉が消えた紙は、しっかりと朱肉を吸い込む。処理済みの箱に放り込み、次の書類へ修正を行って返却箱へ入れた。一度処理した書類なので、内容をほとんど覚えている。さっさと処理する魔王の隣で、アスタロトも新しい追加書類の分類を始めた。


 しばらく紙を捲る音が響く室内へ、突然飛び込んできたのはルキフェルだ。彼は当然ノックをしない。バタンと勢いよく開いた扉が壁に当たって跳ね返った。


「ルシファー、犯人見つけたかも!」


「……ルキフェル、煩いですよ」


 渋い顔で注意するアスタロトをさらりと流し、小首をかしげて待つ純白の魔王の言葉に肩を落とした。


「ドアが壊れるぞ。で、どこの子どもだった?」


「なんだ、知ってたのか」


「知ってたんじゃないぞ、アスタロトが予測したんだ」


 もう結果を知られていたと思い、がっかりしたルキフェルが再び目を輝かせる。それから小さな紙飛行機を取りだした。これを敷地内で拾ったと言う。


「これの残留魔力が、この部屋で使われた魔法と一致したんだよ」


 得意げなルキフェルの説明に、ルシファーは首をかしげた。紙飛行機から感じる魔力を知っているような気がしたのだ。

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