61.お礼の気持ちはお祝いの席へ

 ひらりと落ちるローブを見送り、瞬きした僅かな時間で転移した魔王城の城門前でほっと息を吐く。結界から飛び出した子を纏めて、アデーレが案内のために動き出した。見慣れた妻の働く姿に頬を緩め、主君である魔王に並ぶ。


「お疲れさん」


 予備のローブを羽織りながら、愛剣を置いてきてしまったことに気づいた。ぱちんと指を鳴らし、収納から取り出した鞘に剣は戻る。魔力で作った剣の利点だ。剣を一度抜いて確認し、納めて収納空間へ戻した。


「お義父様、ありがとうございます」


 嬉しそうに礼を言って、子ども達を促すルーサルカに微笑んで、アスタロトは彼女の肩を叩いた。


「ん? お前、ローブをどうした」


「ああ、掴まれたのでくれてやりました」


「……随分とことだ」


 揶揄するルシファーが、空中に手を入れてローブを引っ張り出す。己のクローゼットから取り出したそれを、手渡した。質のいい黒いローブを受け取り、アスタロトはにやりと笑う。


「おや、ご褒美ですか?」


「主君は配下を労うものと教えたのは、他ならぬお前だろ」


 何もやらずに終わらせると後が怖い。そう笑ったルシファーが、突然凄い勢いで振り返った。ぐるんと首を回した先で見つけた妻子の姿に、威厳は一瞬で砕け散る。


「リリス、イヴ! パパだよぉ!!」


 くすくす笑う周囲の目も気にせず、ルシファーは駆けて行く。今日くらいは見逃してあげましょう。寛大な気持ちでアスタロトが続いた。愛娘を抱く魔王妃を抱き上げ、魔王はご機嫌で歩き出す。その際に説明を受けたため、足は自然と客間へ向かった。


 一階の廊下を進む彼らの耳に、歓喜の声と啜り泣きが届く。無事再会できた喜びに沸く客間の扉を開き、ルシファーやアスタロトが姿を現すとさらに歓声が大きくなった。魔熊の両親だけでなく、一族が駆け付けた魔獣はテラスから顔を覗かせて感謝を述べる。


 ここでヤンがようやく気付いた。


「ピヨも行方不明だったのでは?」


「呼んだ?」


 きょとんとした顔で茂みから顔を出すピヨに、アラエルが感動の涙を流す。どうやらピヨは巻き込まれず、ずっと茂みの陰で遊んでいたらしい。人騒がせな鸞である。


 フェンリルの子に関しては、ヤンの直系ではなかった。それでも親族である城門周辺に住み着いた魔狼やフェンリルの両親が献上品の豚肉……いや、死んだばかりのオークを咥えて並べ始めた。その姿を見て、慌てたのが魔熊達だ。一族の半数が獲物を捕りに森へ向かった。


「いや、献上品は不要なんだが」


 止めようとしたが間に合わず、この際だから受け取りましょうとアスタロトが笑った。そして彼自身も収納空間へ手を入れて、何かを取りだす。美しい柘榴石に覆われた宝石箱をルシファーの手に載せた。大きさは手のひらくらいか。ブローチや指輪が入る程度の小ぶりな箱だ。


 蓋を開けることなく、ルシファーはアスタロトの手に返した。だが彼は受け取らない。


「お礼の気持ちです、いつか役立ちますからお持ちください」


「……ならば預かる」


 あくまでも預かるだけ。そう念を押して箱を収納へ入れた。その隣でシトリーの両親があたふたと宝石箱を取りだす。


「これを……陛下に」


「いや、本当に要らないぞ。子ども達が無事でよかった。未来の魔族を背負うこの子らを守るのは、魔王としてのオレの務めだ。それに対価をもらうことは出来ない。アスタロトの箱も預かっただけで貰ったわけじゃない」


 言いながら家宝入りの宝石箱をシトリーの手に返した。両親へ返すも、次世代となる彼女が引き継ぐも自由だ。そう示して、がさごそと献上品を探すアンナとイザヤにも釘を刺した。ルーシアは我が子と再会した感激で気を失い、夫のジンが抱きかかえ介抱中だ。お陰で手が離せず、他家に出遅れた形になっていた。


「持ってきても受け取らないぞ」


「じゃあ、この豚肉も?」


「それは……皆で食べてしまおう。折角だ、久しぶりのBBQでもしようか」


 オークを豚肉と呼んだリリスが残念そうにする姿を見て、ルシファーが折れた。魔熊も獲物を捕らえてくるだろう。それも纏めて、皆で食べてしまおう。子どもが戻ったお祝いだ。そう告げると、侍女や侍従が一斉に動き出した。


 祝い事の好きな魔族の特性か、あっという間に城下町にも情報が伝わる。屋台はもちろん、当事者以外も大勢集まって、魔王城の前庭は恒例の騒がしさに包まれた。

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