59.危険な場所なら破壊しようか

 状況を整理すれば、嫌でも同じ結論に至る。連れ去られず残されたイザヤは、魔力量が少ない。子ども達は大公女の子や魔獣、彼らの魔力はイザヤより多かった。丸くなって震える魔獣は、フェンリルと魔熊の子だ。どちらも魔法は使わないが魔力量が高く、身体強化能力として魔力を使用する。


 何より、子どもは魔力の扱いが不安定で流動的だ。魔力を奪うなら、成人して魔力の扱いに慣れた者より、まだ未熟な子どもを狙う方が効率がよかった。それらの前提を頭に入れた上で、現在の状況を見れば……これが魔力を奪うための拉致と断定できる。


 すぐに気付いて魔王や大公が追ったから、脱出の方法を考えることが出来た。逆に考えるなら、子ども達だけの状態で隔離されたら……じわじわと魔力を吸いだされて殺される。逃げ道も分からず、震えながら衰弱させるなど、外道と呼ぶのも気分が悪い行いだった。


 この閉ざされた空間は、生き物の腹の中と同じだ。飲み込んだ獲物を溶かして栄養にする。一方通行で飲み込むため、脱出には多大な労力が必要だった。腹を裂くにしても、喉から逆流するにしても簡単ではない。そう考えれば理解しやすかった。


 攫われた子を追いかけたのが、鋭いナイフや剣だったため、腹を裂かれても文句は言えまい。派手に切り裂いてやると息巻くルシファーは、いいことを思いついた。


「これが魔力を回収する装置なら、今後も稼働させるのは危険だな。また被害者が出る」


 にやりとルシファーが笑う。その黒い顔に、ルーサルカとシトリーはそっと目を逸らした。普段は見せない残虐な王の一面だ。リリスは「カッコいい」と喜ぶが、二人はそんな気になれなかった。弱者が強者の威嚇を見て怯えるのと同じだ。恐ろしさが先に立つ。この殺気や威嚇が自分達に向けられていないことで、かろうじて震えずに済んでいた。


「ええ。我々にケンカを売る度胸は大したものですが、今後を考えれば二度と稼働しない状態に持ち込むのが正しい対応だと思います」


「オレがやろうか」


「いえいえ。陛下にそのような面倒をお任せする気はございません。私が破壊いたしますので、お手数ですが全員を無事に連れ帰っていただけますか?」


 この言葉遊びは何でしょうね。ルーサルカとシトリーは目で会話を始めた。わざわざ敬称で魔王を呼ぶアスタロト。丁寧過ぎるやり取りは、まるで演劇のようだった。解決方法を見つけ、無事に帰れる算段がついたのは間違いない。その上で、彼らはこの場所を破壊するつもりのようだ。


「陛下、この場所を破壊するのですか?」


 思い切って、ルーサルカが質問する。声が震えない自分を褒めてやりたかった。


「そうだ。憂いは徹底して断つのが賢い統治者だからな。完全に破壊する」


 楽しそうなルシファーの表情は、だいぶ明るくなっていた。すでに張られた球体の結界の内側に新たな結界を重ねる。よく見れば、外側にも追加されていた。


 それだけ危険な魔法を放つのか、ごくりとシトリーが喉を鳴らす。我が子を含めた子ども達を手招きし、ぎゅっと両手で包もうと試みた。向かいから同じようにルーサルカが膝を突いて子ども達を抱きしめ、互いの手を握り合う。輪の中にすべての子どもを入れて、二人は自分達の上にも結界を張った。


 鳥人族のシトリーは風の属性を纏い、ルーサルカは大地の属性から金属に近い半透明の結界を作る。さらに魔王の結界が幾重にも覆うことで、ほぼ完璧な防御の態勢が整った。


「アスタロトが外を破壊する。お互いの手を握り合い、絶対に離すな。魔王ルシファーの名に懸けて、必ず親の元へ返してやる」


「「「はい」」」


 揃った返事の後、子ども達は互いにしっかりと手を握り肩を抱く。目を閉じて、体を小さく丸めた。その中央で魔獣の子も震えながら他の子にしがみ付く。


 結界の外で何が起きているか、知らぬ間にすべては終わった。

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