58.嫌な推測が当たりそうだ

 2倍、3倍……徐々に魔力量を増やしながら魔法陣を適用していく。僅か数メートルの転移に必要な魔力量は5倍で落ち着いた。思う通りの結果が出たが、ここから複雑な計算が待っている。


「この距離で5倍だと……戻るのにどれだけ必要か。まず世界を渡るための移動距離の算出からだ」


 転移に関わる距離を計算するために、計算式を手元に記す。収納の亜空間を繋いで、あれこれと考え始めた。その隣にぺたんと鮮やかな色彩の兄妹が座った。シトリーの産んだ年子の火龍だ。父親の属性を受け継いだ子ども達は、オレンジや赤の色彩が華やかだった。特にこの色がない空間では、より目立つ。


 その隣に水の精霊族であるルーシアの娘ライラが座る。まだ6歳の彼女は不安そうに年上の二人により添った。普段から両親の付き合いで互いを知る子ども達は、慰め合うように距離を詰める。ルーサルカの次男リンは、よちよちと歩いて母親の足にしがみ付き離れなくなった。


 幼いながらに、全員が理解している。この場で頼れる魔王や大公の側を離れては危険なのだと。自分達より幼い子を守るように、アンナとイザヤの双子は左右に立った。姉スイと、弟ルイ。どちらも勇者アベルの弟子として、弱者を守る精神を叩きこまれている。魔王に頼まれたことも誇りに感じていた。


「ここで、距離の計算が曖昧になるんだよな。多めに流しとくか?」


「逆に危険が増しては意味がありません」


「そうだが、余る分には魔の森が吸収すると思うぞ」


 そこで、ふと気づいたルーサルカが指摘した。


「ねえ、おとう……じゃなくて、アスタロト大公閣下」


「お義父さんと呼びなさい」


 公式だからと言い直したが、確かにこの場の面々には今さらだった。先ほどから呼んでしまっているし、呼び方が外部に漏れる心配もない。肩を竦めたルーサルカは再度話し始めた。


「では、お義父様。こちらに来る時の転移は、普段通りの魔力量で到着したんですよね?」


「ああ」


「そうだな」


 アスタロトとルシファーが頷く。いつも通り、ごく普通に計算した。終点に定めた魔力までの距離を算出したが、特に増やしたり減らしたりはしていない。


「なぜ逆方向だと5倍も必要なのでしょう」


「そういえば妙ね。実際の距離が狂ってるのかしら」


 シトリーも気づいた。魔力を使った魔法には法則がある。それを明文化した物が魔法陣だ。その魔法陣を使用したにも関わらず、往復で使うエネルギーが違うとしたら。増やした分の魔力はどこへ吸収され、どのように作用して消費されるのか。


「魔力が、吸われている……そう言ったのはライラだったか」


 ぽつりとルシファーが呟いた。そうだ。精霊族は魔族の中でも魔力の流れに敏感だ。その彼女が、魔力が吸い出されていると指摘した。他の誰も言わなかったし気づかなかったが、微量に吸い出され続けている可能性はないか?


「アスタロト」


「はっ」


 同じ結論に至ったアスタロトが、ルシファーの結界の外へ出る。球体の結界は、ぐるりと周囲から隔絶されていた。その外へ出たアスタロトが、己の纏う結界を解除する。緊急時は保護できるよう、ルシファーの手には結界の魔法陣が用意されていた。


 しばらく風のない空間で立ち尽くした後、アスタロトが首を傾げる。じりじりと待つルシファーが声を掛けようとした時、金髪の吸血鬼王はぱちんと白い指を鳴らした。消していた結界が修復される。


「間違いなく魔力を奪われています。我々なら微量すぎて気づけませんね。疑って長時間身を晒して、初めて気づける程度でした」


 ライラはきょとんとした顔で大人を見た後、友人であるキャロルのオレンジの髪に顔を突っ込む。シトリーの娘キャロルは、優しく抱き締め返した。


「この場所は、魔力を回収しているのか?」


 嫌な推測が頭を過り、ルシファーが眉を寄せる。同じ結論に至ったアスタロト、大公女二人も渋い顔になった。

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