55.追うよりも待つ方が辛い

 母を迎えに来たアンナ嬢の双子、シトリーの年子の兄妹、ルーシアの長女、ルーサルカの次男……偶然居合わせた魔獣の子が2匹。合計で8人がリストに名を連ねていた。


 双子と一緒にいたイザヤは、茫然としている。唯一の現場目撃者だった。彼の叫び声を聞いて、侍従のコボルト達が駆けつけたが、すでに子ども達は手の先くらいしか確認できなかったという。


「イザヤ、しっかりしろ。誘拐か、事故か」


「……あ、穴が開いて」


 震えながら指さした場所は何もない地面だ。魔王城の敷地内だが、庭に分類される場所だった。そのため防御魔法陣の適用外である。ずるずると這って近づいたイザヤが、地面を叩いた。


「ここです! 歩いてる最中に吸い込まれて、俺だけ弾かれたんです! うちの子を助けてくださいっ」


 先ほどまでの姿が嘘のように、興奮して叫んだ。そんな彼の隣へ駆け寄ったのは、妻のアンナだった。夫が叩く地面を見つめた後、そっと彼の手を掴んで叩くのをやめさせる。


「落ち着いて、きっと魔王様が助けてくださるわ」


「そうよ! ねえ、お義父様は? 駆け付けたんでしょう?」


 アンナの声にルーサルカが被せた。魔王ルシファーより早く現場に着いた彼がいない。言われて、ルシファーは青ざめた。


「……これは、向こう側が血の惨劇だな」


 事件ならば仕方ないが、事故であった場合に相手が気の毒だ。追うために慌てて魔力を特定する。一番記憶に残っているのは、よく遊びに着ていたアンナの双子だった。


「魔力の終点を固定して飛ぶぞ。ベールは留守を、ルキフェルは分析を頼む! ヤン、ルーサルカ、シトリーは一緒に来い」


 もし向こうが戦闘状態の場合、子ども達を守れる者が必要だ。アスタロトが暴走したらルシファーしか止められないが、子どもを守りながら戦うのは危険だった。


 シトリーは転移魔法陣を作り出せる。緊急時の対応として、アスタロトを止めるストッパーのルーサルカを伴う決断をした。手の中で構成した魔法陣の終点を、アンナの双子の魔力に固定する。だがうまく固定できず、仕方なくルーサルカの次男へ合わせ直した。


 アスタロトは孫の魔力を追ったに違いない。パチンと指を鳴らして魔法陣を展開し、魔力を流した。消える直前、顔の見えたリリスへ「来ちゃダメだぞ」と声をかけた。さすがに我が子を連れて追いかける選択肢はないリリスが「気をつけて」と返す。直後に彼らの姿が消えた。


「アデーレ、客間を用意してくれる。広めの方がいいわ」


「かしこまりました」


 リリスの指示で用意されたのは、もっとも広い客間だった。寝室が二つ繋がったこの客間なら、我が子を心配する家族を収容できる。アンナに促されたイザヤも、後ろ髪を引かれながら移動した。消えた子ども達の家族にも連絡が飛び、まもなく集まってくるはずだ。


「魔王妃殿下、軽食とお茶は用意しておきます」


「ありがとう。寝具も予備を揃えてくれる? あと、隣り合うお部屋も使えるようにしておいて」


「はい、手配いたします」


 孫が消えて心配なのは、アスタロトだけでなくアデーレも同じだった。だが彼女は魔王城の侍女長としての職務を優先する。夫であるアスタロト大公が向かったなら、何があっても孫は無事。そう信じたのだ。


 シトリーの夫グシオンが駆けつけ、出張から戻ったアベルも顔を見せる頃……窓の外は薄暗くなっていた。


「俺が、俺の目の前で」


 まだ後悔と自責で混乱するイザヤに近づき、リリスはその白い手を彼の頭に乗せた。次の瞬間、ガクンと崩れ落ちる。咄嗟に支えた妻アンナへ、微笑んで伝えた。


「一時的に眠らせたわ。起きる頃には気持ちが整理されると思うけど……」


「隣室のベッドに運ぶなら手伝います」


 グシオンが名乗り出て、軽々と成人男性を持ち上げた。神龍族の彼にとって、人の体重などゼロに等しい。アンナは夫に付き添うことになり、部屋は重苦しい空気に包まれた。


「リリス様、微力ながら協力させてください」


 育児休暇中のイポスが駆けつけた。我が子は夫ストラスに預けたという。力強い応援に、リリスは微笑んで頷いた。


「さあ、暗い顔をしていたら幸運が逃げてしまうわ。ルシファー達を信じて待ちましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る