22.普段のオレは何に見えるんだ?

 開校日当日、ルシファーは着飾っていた。我が子のお披露目は別の日なので、今日はリリスが参加しない。彼女指揮の下、アデーレ達侍女が本気を出した結果だった。即位記念祭でもここまで着飾った覚えがない。結婚式に匹敵する気もするが、あの時とは気合が違うので別物だと主張しておこう。


「重い」


「魔法陣があるでしょ」


 文句を言わずに軽くすればいいじゃない。リリスのもっともな指摘に頷くが、ルシファーは文句を言わなかった。口に出したが最後、女性達に言い負かされるのは決定事項だ。たとえ「着飾るのが嫌だから余計に重く感じる」の省略で「重い」だけを声に出したとしても、それ以上の抵抗は後が怖かった。


「ルシファー様……おや、珍しくお姿ですね」


「ちょっと待て、普段のオレは何に見えるんだ?」


 にっこり笑ってそれ以上答えない側近に促され、純白の魔王は部屋を出た。手を振って見送るリリスの腕の中で、我が子イヴがご機嫌で「あー、うー」と騒いでいる。気持ちは後ろ髪引かれまくりだった。


「もう帰りたい」


「まだ城から出てもいません」


 ぴしゃりと「仕事ですよ」と釘を刺され、ルシファーは仕方なく足を前に出した。中庭で纏めて転移する予定のため、側近や大公女を含めた十数人が待っている。


 純白の髪を結い上げて、王冠代わりの髪飾りで留めた魔王の衣装は柔らかな桜色だった。白い絹に銀糸の刺繍が施され、ところどころに淡いピンクの染めが入っているのだ。日本人のアンナが「入学式や開校式と言えば、桜の花よ」と呟いたところから、リリスが用意した衣装だった。


 愛する魔王妃が準備したとあっては、断る選択はない。だが、ピンクの衣を見た瞬間のルシファーの脳裏を駆けて行ったのは、かつて遠足でピンクのリュックを持たされた経験だった。あれはなかなかの苦行であったが、今になればいい思い出のひとつである。


 アスタロトは金髪に合わせたのか、紺に金糸の刺繍が施された華やかな衣装だった。珍しくルキフェルが城に残るので、ベールも居残り組だ。ベルゼビュートはピンクの巻き髪を揺らしながら、銀に近い艶やかな絹のドレス姿だ。靴や爪を赤くしたところが、派手好きな彼女らしい。


 シトリーの手伝いに向かったのか、同行する大公女はレライエ一人だった。アムドゥスキアスの姿が見えないので尋ねると、彼はお仕置きとしてクローゼットに縛って放り投げてきたという。胸にしがみ付いて揉みまくり、顔を叩かれたとか。何とも朝から元気な翡翠竜だった。


「では転移するぞ」


 それぞれに着飾った面々を見送りに来たベールが一言。


「陛下、くれぐれも……くれぐれも騒動を起こされませぬよう。分かっておられますか?」


「余はいつでも騒動を収める側だ」


「自覚がないから申し上げたのです」


 その態度が自覚なしと言い放たれ、ぐっと唸る。後ろでは、毛繕いを終えたヤンが尻尾を振っていた。


「早く行かねば、遅刻ですぞ。我が君」


 仕方ないと転移の魔法陣を選び出し、範囲指定を掛ける。それから指を鳴らして移動した。ヤンが乗り気なのは、あの養い子ピヨが入学予定の学校だからだ。鳳凰が火を噴いても焼けないよう耐火素材を提供したルシファーは、立派な石造りの学校を見上げる。


 建物は完成した時に確認していたが、やはり人が入って動きが出ると雰囲気が変わる。これはいい学校になるな。期待を込めて見回す魔王の到着に気づいた周囲が騒ぎ始め、あっという間に中へ通された。


 ドワーフ、エルフ、リザードマン、巨人族、魔獣、ドラゴン種、獣人や小人族……さまざまな種族が集まった講堂は広く、用意された壇上の来賓席に座る。子どもを連れた親達がこちらを示して「あの方が魔王様よ」と囁いた。ざわめきが大きくなり、大公女達が挨拶に現れる。


 いよいよ新しい学校が始まる――期待に胸を高鳴らせる子ども達の目が輝いた。

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