第2話 堕ちた神
『我と契約すれば助けよう。神の名に懸けてな』
(わ、わかった。前向きに考えて善処いたします……)
男はとりあえずサラリーマン的に答えた。
そう答えるしかなかった。
何もかも信じられない、信じたくないことだらけ。
しかし、ひとつだけ確実なことがある。
それは、実際に自分の身体の自由が利かないということである。
『自称』神が出鱈目を言っていて、ここは日本のままだし、健康なままというオチも考えられる。声が出せなくとも会話が出来る不思議な技術を持っているらしいが、それは異世界でなくとも日本の技術でできそうだ。催眠術という可能性だって否めない。
だが、それでも身体を拘束されている事実は変わらない。
『犯罪だ! すぐ解放しろ!』と叫ぶことは簡単だ。だが、犯人? が素直に要求を呑むわけがない。結局はこちらが要求を呑むまで拘束は続く。今回は体感時間? で30分と厳しい条件もつけられている。タイムリミットが来たら容赦なく殺されるかも知れない。
そして男にはほかに救援を求める手段もない。
これでは無条件に相手の要求を呑むしかないではないか。
そう男は判断したのだった。
『ふむ。半信半疑どころか全否定か。まあ、気持ちは理解する。じゃが、我の説明は聞いてもらうぞ。
疑ったまま契約してもそれでもかまわん。身体を修復し、その身でこの世界を体験すればおのずと疑念は晴れよう。VRなどではないぞ。本物のリアルじゃ』
(何故それを!?)
『精神が繋がっておる。信じておらんようじゃがな。諦めて我の説明を聞け』
(……はい……)
どんな技術か思いつかなかったが、よくある小説にあるとおり『神』はすべてお見通しであった。
男は観念する。
『では、この世界についてじゃ。実はそなたの記憶にある《ラノベ》そのままでの、正に’剣と魔法の世界’と考えてよいぞ。魔物もいればダンジョンもある。
しかし、そなたの国の言葉は不思議じゃの。《魔》とはいったい何じゃ? 魔法は善いもの、魔物は悪しきもの、か。魔女、魔族、魔王、善悪どちらの場合もあるが……なるほど、娯楽作品によって価値観が違うのじゃな。
魔法も……魔術、神通力、超能力、異能、フォース……呼び方も様々じゃな。同じことであろう?
ふむ、なるほどのう。かつて片田舎の宗教が異教徒を貶めるために創りだした言葉が《魔》のなじゃな。ふむふむ、自らが奉ずる神以外の超常の存在を区別、いや差別するか。どこの世界も同じじゃのう。嘆かわしい……』
(神サマ、神サマ、時間、じーかーん!!)
世界の説明のはずが、男の記憶を読んでいるうちに脇道に逸れていった。
男は命に関わる話なので気が気ではなく、慌てて呼びかけるのだった。
『おお、すまぬ。興味深かったのでの。そなたの言葉を借りるなら、納得は出来ないが理解は出来たというところじゃ。あれじゃな、《魔法》はそなたの時代には市民権を得て宗教とはまったく関係のない概念になったということじゃな? ならば、この世界でもそなたがわかりやすいように《魔法》という言葉を使うことにしよう』
(いや、俺は何でもいいので、早く解放してくれませんかね?)
『む? まだ信じておらんのか……まあよいわ。
とにかく、この世界では魔法があって、その元となるのが《魔素》じゃ。理解できるな?》
(ええ。まあ……よくある設定ですから……)
この男、ブラックな仕事環境のためまとまった休暇など取れるべくもなく、仕事の合間、移動時間や上司、取引先の指示時間前のポッカリ空いた待機時間などに金のかからないネット小説を読むのが唯一の趣味みたいなものであった。オタク知識は結構ある。
『よろしい。その魔素じゃが、それはもともとどこにでもある存在での、おそらくそなたの世界にも存在するじゃろう。そなたの科学方面の用語でいうと、ダークマター、未発見の素粒子と言い換えてもよい』
(うん。よく聞く)
『どこにでもあるとは言ったが、問題はその量じゃ。
千年ほど前、急にこの世界の魔素の量が増えた。慌てて調べると、なんとダンジョンが出来ておるではないか。いや、ダンジョンが発生したのが問題ではない。巨大過ぎたのじゃ。
不覚じゃった。我の見るところ、いつからかはわからぬが、我の気付かぬうちに次元の穴が開いて染み出し続けていたらしい。千年前とうとう我が知覚できるまで増えてしまったのじゃ』
(うん、それで?)
男にとってそれほど興味を引かれる内容ではなかった。
『我はこれを異世界からの侵略と見ている』
(ナ、ナンダッテー)
男はやはり興味を覚えなかった。
『そなたの記憶は見ているが、やりにくいのう。異世界じゃぞ? そなたの世界でも、今いるこの世界でもなく、第三の異世界からの侵略じゃ!』
(そんなこといっても、だからどうした、って感じだしな……)
『わからぬか? そなたの世界とも繋がったのじゃぞ?』
(まあ、それが本当だったら……え? 何が困る? 穴に落ちる以外に)
『それだけ知識があるなら考えよ。答えはわかっとるはずじゃ。ここはどこじゃ?』
(ダンジョンなんだろ? ホントかどうか知らんが……)
『そうじゃ。このままならそなたの世界にもダンジョンが発生する』
(マジで!? そ、そりゃ現代物ファンタジーでよくある設定だけど……あれ? ホントだとしても、むしろ喜ぶ奴らが多いんじゃね? 俺だってブラック社員より冒険者になりてーもん)
『わかっているようでわかっとらんな。よいか? ダンジョンが発生するということは魔物も発生するということじゃ。魔素の量に比例して凶悪なものがの』
(え? そ、それはわかってるけど、そんなに?)
『そなたの世界で言うところのライオンやトラが、いや恐竜レベルが大量に街に押し寄せ人を食らうじゃろうな』
(げっ……)
『魔素は人も変化、いや進化させる。魔法も使えるようになり、レベルも上がる』
(じゃ、じゃあ大丈夫なんじゃ……)
『じゃが、魔法を使えることと戦えることはイコールではない。そなたの国の人間は皆等しく魔物に立ち向かえるのかのう?』
(そりゃ無理だ)
『うむ。なお悪いことに、人の進化は能力を上げるものばかりではない。理性を失わせ凶暴化させる場合もある。こうなると人とは呼べぬ。そなたの記憶にある理性的な魔族や魔王などではないぞ。人型の魔物じゃな』
(そっちのほうがマズイ! いつ横の人間が魔物化するかわからないなんて、疑心暗鬼どころじゃねえぞ! ちょっと粋がっただけで魔物だと密告される未来しか浮かばねえ。魔女狩り? いや、魔族狩りが横行するって!)
『そなたの世界なら有り得るじゃろうな。説明の続きになるが、この世界にも元々魔素が存在するといったが、千年前までの大気成分比率をわかりやすくすると平均1%じゃ。おそらく、そなたの世界の魔素量は1%に満たない、魔物すらおらんところをみると0.1%ぐらいではないかの?
我はこの魔素を利用して人間を進化させ幾種類もの人種を誕生させた。そなたの知識にもある種族と思えばよい。それだけではなく動物も魔物に進化させた。弱小なので魔物とも言えぬ程度ではあるがな。
そのため昔からそなたが理解している冒険者という職もあった。魔法も今と比べて原始的ではあったが皆使えた。おかげで千年前の魔物の大量発生にも精神的なパニックは起こらんかった。
その点はそなたの世界とは違うかもしれん。
ただこちらの世界の人間も物量に負け、多くの人命、国が滅んだのじゃ』
(か、神を名乗るなら何とかできなかったのかよ)
『ふむ。何とかの? 我はその何とかをしようとして邪神と呼ばれるようになったのじゃ』
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25日0時に第3話を投稿します。
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