第18話 逆境勇者

 魔王城の天辺。

 魔王の間で、勇者と魔王が相対していた。

「はっ!」

 勇者が飛び出す。

 剣を中段に構え、魔王に突撃する。

 魔王は冷静だった。余裕の表情を崩さずに対処に当たる。

 魔王がこちらに手をかざす。

 瞬間。床がせり上がり、勇者の進路上に壁が現れた。

 勇者は構わず突っ込む。

 勇者の振るった剣撃は、レンガと金属の混ざった障壁を切断し、その奥にいる魔王にまで達する。

「くっ、化物が!」

 瀕死でこれか。魔王は悪態をつく。

 余裕を保とうとしていたが、想像以上に苦しい状況に笑みが崩れる。

 まさか、勇者がここまで規格外だとは。

 思えば、正面から戦ったことはなかったか。

 怨嗟の声を出しながら、腹から赤い色がにじむ魔王。

 皮膚が青くとも、血は赤い。

 勇者は追撃を仕掛けるべく、足を前に出そうとする。

 動かない。

 勇者は足元を見る。

「器用なものだな!」

 先程の障壁の要領で、床が盛り上がって勇者の足を掴んでいる。

「くたばれ」

 魔王が懐から拳銃を取り出す。

 勇者に向けて、引き金に指をかけた。

 撃たれるより早く、勇者は魔王の動きに合わせて、剣をすくい上げるように振り切る。

 剣先が自身の足を掠るほど精緻だった。

 勇者の足の拘束が破壊される。

 切った障壁の破片が飛び、魔王の拳銃に命中した。

 弾かれた魔王の腕は上を向き、発砲は天井へと逸れる。


 勇者は見逃さなかった。

 魔王が隠していた胸元の淡い光を。

「わかったぞ。貴様の力の正体が」

 勇者は答え合わせをしていく。

「竜脈の莫大なエネルギーを利用しているのだろう?」

「竜脈からエーテルを吸い上げたところで、莫大なエーテルを操作する術がない」

「だから、姫を攫った。王家の力について、とある一説がある。曰く、本来は体内に存在する魔力を大気中のエーテルに流し込むことで、魔力を流し込んだエーテルを操れるというものだ」

「……」

「つまり、姫から魔力を奪い、その魔力を竜脈のエーテルに流し込むことで、莫大なエーテルを操っている。というわけだ!」

 魔王は沈黙を返す。

 沈黙が勇者の仮説を肯定していた。

 だとしたら、怪しいのは魔王が身につけている銀色のペンダント。

 地下深くのターミナルと同じ金属でできたあれが、姫の魔力を溜め込み、周囲のエーテルを操作できるようにしているのだろう。


「魔王。観念しろ! タネの割れた術で倒せるほど、吾輩は甘くない!」

 魔王のペンダントが光を放つ。

 光に連動し、勇者の左右から壁が迫る。

 それを見越していた勇者は、すでに走り出していた。

 勇者は速かった。勇者を押しつぶそうとする壁が衝突したときには、すでに魔王との距離を詰めている。

 再び、ペンダントの光。

 勇者の踏む床が消失する。

「同じ手は喰らわん!」

 崩壊する床一帯、落ちていく破片に足をかける。

 破片を思い切り踏み込む。

 勇者の踏み込んだ方向に、破片が弾丸のような速度で飛ぶ。

 その反作用で、勇者は魔王の方に跳んだ。

 剣が魔王の胸当てを捉える。

 その衝撃で魔王は吹き飛ばされ、奥の壁に激突した。

 口から血を流しながら、魔王は笑う。

 

「ああ、やはりそうだった。勇者を姫に思い出させることが鍵だったんだ!」

 魔王がうわ言をのたまう。

 勇者は、魔王の気が触れたのかと思った。

「すでに勝負はついている! もう戦う意味はないのだ!」

「先程の答え合わせだが、一つ間違っていることがある」

 勇者の勧告を遮り、魔王は言葉を紡ぐ。

「王族にのみ発現する奇跡を行使。その力は強大なれど、相応の代償を払うことになる」

 知っている。

 その代償によって、姫は勇者のことを忘れているのだから。

「魔力とは、すなわち認識。それを大気中のエーテルに流れ込ませるということは、認識の流出を意味する」

 そうかもしれない。だとしたら、記憶喪失になる理由もわかるというものだ。

 だが。

「それがどうしたという」

 理論がわかったところで、魔王が現状を打破することには繋がらない。

「姫は記憶喪失者だ。認識をしていない。だから、新しく魔力を生成することがない。抽出できた力はすぐに枯渇し、我らの頭を悩ませた」

 勇者は思い出す。

 この城に潜入するとき、爆撃機の突撃で魔王城が破壊された。

 その際、魔王は城全てを元通りに直して見せた。

 あれだけの事が無尽蔵にできるのであれば、もっと戦い方があるだろう。

 それこそ、城ごとすべてをぺちゃんこに潰せば、中にいる勇者に逃げ場はない。

 案外、魔王は限界に近いのかもしれない。

「そこに現れたのが、お前だ。お前が姫に接触してから、急激に力が増幅した。魔力とは、王族から生み出される認識のエネルギー。お前が姫の記憶を刺激したということだ」

 目の前の魔王は風前の灯火だ。

 なのに、この背中を伝う悪寒はなんだ?

「ならば、三年前のあの事件で流れ出た魔力を解析、姫に注ぎ込めば、記憶を取り戻した姫は当時の奇跡を扱えるのではないか」

 城が揺れている。

 いや、世界そのものが揺れている。

 地面も、空気も、勇者の体さえ震えている。

 魔王は、勇者の甘さに感謝する。

 だからこそ、ここまで持ちこたえられた。


「解析完了。注入開始」


 勇者は戦慄する。

 この鳴動は、軋みは、光は、まるで王家の力の前兆ではないか

 魔王の言葉が本当ならば、当時流出した魔力を注がれたことで姫の記憶が戻ったのではないか。

 魔王のペンダントが発光する。

 堰を切ったように光が溢れ出し、魔王の体を飲み込んでいく。

 光のシルエットとなった魔王が膨張。

 膨張はとどまるところを知らず、魔王城の天守を吹き飛ばした。

 魔王城より大きくなった光が形作るのは、神聖とも邪悪とも伝承されるドラゴンの姿。


「何という力! これなら、我らの悲願を達成できる!」


 伝承に伝わるドラゴンの中でも、最も大きな体躯を持つもの――竜王。

 その怪物が一声上げれば、衝撃が空気を押し出し、常人なら気を失いかねないほどの重圧を与える。

 竜王の胸の中央。巨体に埋まった、人ほどの大きさの銀色球体。

 膨張する光は姫を飲み込む。ペンダントが変形して、竜王の核となって胸部に取り込んだ。

 球体の分厚い壁の向こうにいる姫は眠っている。

 エーテル核の壁に阻まれているが、確かにそこにいるのだ。

「……」

 山のような巨体を誇るドラゴンに相対しながら、勇者は考えを放棄した。

 理論も理屈も、半分も理解できていない。

 けれど、待ち望んでいた展開であることは魂で理解した。

 崩壊した城。

 囚われた姫。

 待ち構えるドラゴン。

 まるで、かつて読んだ英雄譚の一枚絵のようではないか。

 そしてなにより、最愛の姫がいる。

 二度と会うことができないと思っていた、記憶を取り戻した姫がいる。

 つまり、このドラゴンさえ倒せば、何もかもをハッピーエンドにできるのだ!

 勇者は知っている。

 愛する姫が、折れない心の持ち主であることを。

 勇者は知っている。

 愛する姫が、傷ついた人をみて、ひどく心を痛めることを。

 勇者は知っている。

 自分は、そんな姫を救える勇者になりたいことを。

 ドラゴンが大きく息を吸い込む。

 肌がチリチリと痛む。

 熱気が産毛を撫でる。

 大きく膨れ上がった肺の中には、罪人が焼かれるという、煉獄でさえ生ぬるい灼熱が支配していることだろう。

 ――ドラゴンブレス

 閃光。一泊遅れて、大気を引き裂く破裂音。

 ああ、まともにあれを喰らうとすれば、一人の人間如き、たちまち消し炭となってしまうことは明白。

 絶体絶命の極地において、しかし勇者は笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る