第8話 頂点メイド・アイラの欠点
リサズタックルはまだ続いている。
東の扉に着いた僕。開けて外を見ると、予想通り。
アイラとペカリンが繁った木の下で雨宿り中。
最悪の事態だ。
アイラが僕に気付いて手を振る。
「トール王子様! お荷物を届けにきましたーっ!」
ずぶ濡れだけど、僕の前では笑顔を絶やさない。
仕事熱心で従順。さすがは頂点メイド。いつまでも愛でていたい。
だけど、今はそれどころではない。
「アイラ、危ないからそこから離れるんだ。裏にまわって」
裏には厩舎がある。そこへ行けば雷に打たれる心配はなく安心だ。
アイラがペカリンを御そうとするが、ペカリンはこれを拒否。
ペカリンは気性が荒い一方で臆病者。突然の暴風雨と雷に怯えている。
1度止まると決めたら、もう、動かないだろう。
「無理ですーっ。ペカリンが微動だにしないんです」
このままではアイラもペカリンも雷に打たれて黒焦げになってしまう。
どうしよう? ペカリンには申し訳ないが、アイラだけでも助けないと。
王国随一の頂点メイドは国の宝でもあるんだから。
「だったらせめて、アイラだけでも避難するんだ」
「そんなこと、できませーん」
軽く拒否される。
「ペカリンや荷物を捨てて自分だけ逃れるなんて、メイドとしてできません」
さすが王国随一の頂点メイドだ。忠誠心が半端なく高い。
今日、出会ったエミーやキャス、キュアミアやリズとは大違いだ。
特にまだ眠っている朝寝坊のキャスには爪の垢を煎じて飲ませたい。
アイラが動かないのは、雷が落ちるとは思っていないのもあるだろう。
どうすれば、アイラを動かすことができるんだ?
僕が手をこまねいていると、横からエミーが顔を出す。
「あー、アイラ。直ぐにそこを退いてちょうだい」
「誰かと思えば、エミーじゃないの!」
あれ? 2人は知り合いなの?
「あー、黒焦げになるわ!」
「? かっ、雷!」
ようやく事態を把握したアイラ。
エミーがはなすときのクセを分かっているようだ。
アイラの脚がガクガクと震えているのが遠目からも分かる。
アイラはエミーの言うことを全く疑っていない。
エミーはアイラに天気予報ができることを知っているのか?
2人の関係が気になるけど、今はそれどころじゃない。
「……ど、どうしよう……」
エミーの驚愕。どうしようも何も、早くそこから離れてほしい。
遠くの空からゴロゴロと雷鳴が轟いてくる。
落ちてはいないようだが、ウォーミングアップしているようで不気味。
もう、時間がない。
「アイラ、こっちに来なさい」
僕はあえて命令口調で言った。その方がアイラも受け入れてくれると思った。
アイラは日頃から従順で忠誠心が高い。
主人である母さんの言うことを聞かなかったことはない。
しかし、アイラは完全に僕の命令を拒否した。
「それはできません。ペカリンや荷物をそのままにするなんて……」
さすが頂点メイド、責任感が強い。脚の震えもいつのまにか治まっている。
覚悟を決めたのか、気丈だ!
「……なんとかして、ペカリンを動かしてみせます!」
これが、頂点メイドのプライドだろうか。
ペカリンを捨てて自分だけが助かることを美しとしない。
自分の命を犠牲にする可能性があっても、ギリギリまで任務を放棄しない。
だけど、今はそれが邪魔。そんなプライド、なくたっていい!
高過ぎるプライド、忠誠心。それがアイラの欠点ともいえる。
そんなアイラだからこそ助けたい! 僕は、アイラの元へと駆け出そうとした。
ペカリンには申し訳ないが、アイラだけでも助けたい。
けど、僕の前に立ちはだかったのがエミー。仁王立ちで行く道を遮る。
「どうした、エミー。そこを退いてくれ。僕はアイラを助けにいくんだ!」
「あー、行ったところでご主人様には何もできません」
な、なにぃ!
「冗談じゃない。アイラを助けるくらい、僕にだってできる」
「あー、ペカリンを動かさないと」
エミーは立ちはだかったまま。
エミーの言う通り、ペカリンが動き出せば万事解決する。
だけど、それは期待できない。
ペカリンは用心深く、1度危険を察知したら脚を止めてしまう。
怯えるペカリンが動く可能性は全くない。
エミーは僕にアイラを見殺しにしろと言うのか。
エミーにとっても、アイラは知り合いだろうに。
エミーが身を挺して止めているのは、僕を危険に晒さないため。
そのことはよく分かっているつもりだが、それでも納得できない。
刹那、雷鳴が轟く。かなり大きい。
今までのゴロゴロッという感じからバリバリバリッという感じに変わる。
いつ落ちてもおかしくない。
もう、時間がない!
僕はエミーを押し退けて進もうとする。
エミーは僕に合わせて身体を横に動かす。同時に胸が弾むように揺れる。
そして僕から目線を逸らし「あー、おはよう」と呑気に言う。
誰に言ってるんだ?
刹那——
誰かが僕の横をすり抜けていく。すごい脚だ! 呆気に取られてそれを見る。
パジャマともメイド服ともいえない服装。男とも女ともいえる整った顔立ち。
長髪がリサズタックルに靡く。一体、誰?
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