第26話 能力わかっちゃった!

 鳥が今日も縄張りを主張している。

 ……いいなぁ元気で。

 カーテンの隙間から陽の明かりが漏れ入り部屋を温めていく。

 ……ああ、新しい一日が始まってしまったなぁ。

 岡崎きらりはつむっていたまぶたをゆっくりと開けた。

 昨日の出来事は刺激的で幻想的で空想的で非現実的で、誰かに相談しても、冗談だとかついにイカレちまったとバカにされる内容。

 能力を手に入れて、働くことになって、長年の悩みが解決しそうになって、怒られて……頭の中がぐるぐると渦巻いて一睡もできないで朝を迎えた。


(うぅ、キモチワルイ)


 スマ―トフォンに目を通したあと上半身を起こすと、血がさっと下に流れていく感覚を感じて頭を抑える。

 気が乗らない。二度寝したい。

 しかし、朝食を母親と一緒に食べないといけないのが家のルールなので、大あくびをしながら部屋から出て階段を降りていった。


「ママおはよ~」

「おはよぅ。ねえ輝ちゃん、ニュースで言ってたんだけど昨日全国で寒気を感じた人がいっぱいいたんだって。ママもそういえばそうかもって! やだわぁなにかの病気かしら。輝ちゃんはどうだったの?」

「あー、そ、そうだねー。感じたかも? みたいな? なんだろうねハハ」


 その原因を知っているばりばりの当事者だったため、輝の胸が高鳴り一気に眠気が吹き飛んだ。白々しい返事に赤面していないか心配になるが、母親はテレビを見ているので大丈夫だろうし、娘に起きたことなんて分かるわけがない。


「いただきます」


 ただまあ、なんとなく気まずさがあるので、さっさと食べてしまうことにした。


「コメンテーターの人が最近できた台風のせいなんじゃないかって。結構大きくなるみたいだから注意しないとダメよ。防災グッズの準備しとこうかしら」

「ふ~ん、そうなんだ。もぐもぐごくごく……ふぅ、ごちそうさま」

「わ! 早い。なにか用事でもあるの?」

「え、いや、あるようなないような? 出かけるかも? そんなとこ!」

「なーんか怪しいんだー」

「いいでしょ! もう!」


 輝は無理やり会話を断ち切って洗面所に向かった。


(下手くそかお前は!)


 自分の失態に落ち込むが、顔を洗い歯を磨いてさっさと暗い気持ちを水に流す。

 仕上げは髪にクシを通し整えたあと、ヘアピンを収納してあるポーチを開き、今日の気分に合った動物ヘアピンを取り出して装着するのだ。


(昨日猫のヘアピンを落としちゃったんだよなぁ。ショック)


 お風呂に入るときにないと気づき、部屋を探しても出てこなかったのであそこにあるのは間違いない。場所を特定できただけでも良しとしよう。

 長い髪に普通のヘアピンを付けていき、最後に動物のヘアピンを付けた。

 輝が選んだ動物はトラだ。気合を込めたい、強くいくぞ。そう願って。


 するとトラのヘアピンが強い光を放ち全身を包み込んだ。

 眩しさで一瞬目をつむり、開けた次にはタイガーマスクを被った筋肉質で身体の大きい女が鏡に写っていた。


「ひえええ!? ぇええうえええあ!?!?」


 最初は単純な悲鳴が、その悲鳴を聞いた自分から発せられたであろう野太い声に再度悲鳴を上げた。


「な、なん……だと…………? 私……なのか? ガルゥ。感触がある。うん、ある、あるわ。うおぉ筋肉すっご。てか視点が高すぎてきもちわるッ何これやっばいんだけど」


 ペタペタと自分の身体を触り確認する。動作、感触が紛れもなく自分自身だと確証した。


「昨日と同じだ。そうデジャブ! ガルルルルゥ。つまりこれは私の特殊能力。猫だけじゃなかったんだ。いや、猫科しばりなのか?」


 考察する輝。そこに扉越しから声をかけられた。


「どうしたの輝ちゃん? 変な声が聞こえたけどまた何かあったの?」


 ママだ。悲鳴を上げたせいで心配になって見に来たのだ。


(やばいやばいやばい! 元に戻らないと!!)


 変身が解けないかマスクを引っ張ったり身体をまさぐったりしてる途中で、そういえばヘアピンが光ったのを思い出した。


(これだ!)


 髪からヘアピンを抜き取ると変身したときと同じように光が身体を包み込み――


「まぁ座り込んじゃって」


 間一髪のところでバレずにすんだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと変な虫が出て。もうどっか行った。はぁー怖かった―」

「虫? ああ虫かー。虫はママも嫌ねぇ。殺虫剤あったかしら」

「私部屋行くね」


 逃げるように洗面所を出る。だがきっちりとヘアピンポーチを手に持ってだ。

 階段を駆け上がり2階にある自分の部屋に入る。


「ハァーーー、危なかったーーーー」


 ばふんと人を駄目にするクッションに身を沈め脱力する。


「ヘアピンがトリガーだったのかぁ。…………んふ、んふふふふふふ。やっばー! すっごーい! めっちゃ楽しいんだけどー! フーッ!!!」


 推理小説で謎が解けたときのスカッとした快感が身も心も震わせた。

 朝に感じた気だるさは吹き飛び、チャレンジ精神に燃える輝。


「もしかしたら違う動物にも変身できるかも! よーし……」


 ポーチを広げトラを戻す。そして次を選ぼうとしたとき部屋が明るくなった。


「わっ! 本が光ってる!? これ呼び出し!? 呼び出しだよね! ちょっとちょっと待ってッ」


 たしかに呼ばれる予定だった。時間と方法を聞いていなかったので、とりあえず着替えて待機しておこうと思っていたのだが、こんなに早い召集だなんて。

 急いで着ている服を全部脱ぎ捨て外出用に着替える。


「よし!」


 輝は光る本に手を触れると、水に入るようにチャポンと消えた。

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