第14話 避難後の一息

 いやいや待て待て。判断するにはまだ早い。

 下手に察して、私は何でも知ってますよアピールほどウザイものはないしな。


 純粋な理解者でいてあげなくてはならない。

 多様性を認め、受け入れてあげる寛容さを持たなくては真のリーダーになり得ないのだ。

 さて、タイミングを逃すと聞きにくくなったりするからな。こういうときはすぐ聞くに限る。


「ボ~っとしてるけどどうしたんだい。何か興味あるモノでも見つけたかい?」


 惚けているさっちゃんに聞いてみると、ビクッと体を揺らし現実に意識を戻した。


「え!? えっと、えっと。な、なんでもない!!」

「ん~? そうかい? あの人を見て固まっちゃったからどうしたのかなって思ったんだけど。それにしてもカッコいい人だね。モデルさんなのかな? 自信に満ちたオーラを放ってるよね。さっちゃんはどう思う?」

「わかるーーー! 超かっこいいーー! まつ毛が長くてクルンてしてて目がぱっちりでお星さまが入ってるみたいにキラッキラしてるの! 体のメリハリと高い身長、そこに和服とチラリズムが融合して東西の秘宝そのものね! 見て! 今滑ってきたお姉ちゃんの友達も超美人! いいなー憧れちゃうなー。さっちゃんもね、大きくなったらあんな風になる!」


 つないだ手をブンブン振り回し力説するさっちゃん。

 容姿の目標が出来たことは良いことだしがんばれと応援したいが……見た目から7~9歳児ぐらいだと思ってた子が耳年増な発言をすると単純に驚いちゃうな。

 最近の子は進んでるってやつなのかな。私の子供はもっと単純だったのだが。

 いや……もしかしたら私の前では話さなかっただけな可能性もあるのか。

 え、ちょっと待って、それは悲しいぞ。

 思い返せば下ネタ会話で花を咲かせたことがない気がする。

 なんてことだ。

 いつかはやり残したことが出てくるとは予想していたが、まさか初めに浮かんだのが子供との下ネタ会話なのは喜ぶべきことなのだろうか。

 もっと後悔するモノが出て、ウイスキーグラスを揺らし、氷の音を楽しみながら感情に浸りたかったのだが。

 ふう。下ネタが話したいぜ……。カランカランってださすぎるだろ。

 こんな悩みはすぐに実行してなかったことにするに限るが、さっちゃんでやり残したことを解消する選択はさすがにないな。

 当たり前だ。

 ついてこれないし、単純に引くだろ。

 キモオヤジの仲間入りだけは私のキャラじゃないので断固拒否する。

 ではどうするか。

 そうだな、例えば神社裏でエロ本を探している興味津々の青年を見つけ出せれば話が弾むのだろうか。それとも――って違う。今はそんなことどうでもいい。

 深みにハマる前に

「あの体は努力の結晶だよ。カラダ作りの正しい知識得て運動をがんばるんだよ」

 とアドバイスを送った。

 そうこうしてる内に着物集団が全員滑り終えたようなので挨拶に行く。


「こんにちは。避難訓練お疲れさまでした」

「「オツカレサマデース」」

「お疲れさまでした」

「別に疲れてないデスヨ? ベリー たのしかたデス!」


 女性たちの声と顔を見るに、達成感に満足しているようだ。

 こんな胃に穴が開きそうな企画を立案した者にも見せてやりたい。さぞ安堵することだろう。


「この子から話を聞きまして、上で応援してくれたとか。助かりましたありがとうございます。さっちゃんもお礼を言おうね」


 足にしがみついているさっちゃんを引きはがし前に出す。

 さっちゃんは人目が集まるとどうにも恥ずかしさに負けて隠れる性格のようだ。

 そんなことでは憧れのお姉さんみたいになれないぞっ! がんばれさっちゃん!


「お姉ちゃんありがとう」


 スカート部分を握りしめてお礼を言う姿は空間を破壊した。


「「キャ~~~! かわいい~~~!!!」」


 堰を切った勢いで囲まれもみくちゃにされるさっちゃん。


「~~~~~!?」


 どう声を出していいか分からず、ただされるがままの彼女を微笑ましく静観していると、カメラのシャッター音がかすかに聞こえた。


 着物集団がスマホで写真を撮っているのとは違う、隠れて撮影をしようとする意思を感じる、そんな消された音だった。

 急いで音のしたほうに視線を向けると、数時間前に追い払った金髪外国人が、夢中になってシャッターを切っていた。

 手に持つカメラはタオルで覆われており、レンズだけが姿を見せている。

 レンズの角度からローアングルか。

 あの野郎、面白い事やってるじゃないか。

 盗撮するにはツメが甘い。大方、撮りたい感情が昂ってしまい、即興で用意したってところだな。

 視線は下を向いてモニターに集中している。私が見ていることに気づいていない。

 これでは殺気を脳裏に焼き付かせるには不十分だ。

 直接手を下してもいいが、今楽しんでいるこの気持ち。

 あんな奴のせいで興が削がれるのは気に食わない。

 足元を探ると1mmほどの小石が落ちていたので拾う。

 それをコイントスの要領で弾くと金髪外国人の頭に命中した。


「アウチ!」


 大げさに痛がる素振りをする。まああれは痛みではなく驚きのほうが大きいだろう。

 その心に隙ができた時がチャンスだ。

 何かが飛んできた方向を見る金髪外国人と視線が合うその一瞬。

 私は股間を引き抜く殺気を飛ばすと、彼は生まれたての小鹿のように足をがくつかせ大量の小便を漏らした。


「オーマイガッ!! サムワンストップミー! オウッッストップミィイイイ!!」


 周りに助けを求める彼は、すぐさまスタッフによって、予想だがトイレに連れていかれた。


「えぇ……何あれ」「病気?」「大変ねぇ」と心配する声が上がるが、安心してください、そいつただの変態です。

 はぁ。写真を撮りたきゃ許可を取れ。キッパリと断るがな。

 ただ誠意を見せれば写真ごときでこんなことにはならなかった。今日はこのままおとなしく帰れよ。

 人知れず事件が終わった一方で、揉みくちゃにされたさっちゃんが、目をクルクルさせながら戻ってきたので抱っこをする。

 立ち上がり周りを見渡すと、どうやら全員滑り終えたようで、斜降式救助袋の片づけに入っている。

 スタッフもやってきて、締めの挨拶と割引クーポンを配布して解散となった。モール内の開店は今から約1時間後。

 駐車場には多数のキッチンカーが出店をやっており、暇を持て余した客は吸い寄せられていった。

 あー、たしかに腹が減ったな。


「小腹がすいてませんか? 私はペコペコです。代金は私が払いますので、良ければ付き合っていただけるとこの子が喜びます」


 着物集団を食事に誘う。

 どうしようかとか、何か食べるかとか相談が聞こえてきたので、受けてくれる可能性はあるだろう。

 さっちゃんが年上のお姉さんと話す機会を増やしたいという行動から誘ってみた。

 決して私が美人に囲まれたいという邪な考えからではない。

 さっちゃんのために、だ。


「「いいですよー食べましょう♪」」


 彼女たちはすぐに賛成してくれたが、黒髪ロングの和服美人は「お金は大丈夫です」と付け加えた。しかし遮るように花魁系美人は「太っ腹のしゃちょーさん素敵デース♪」と言い過剰なスキンシップで絡んできた。


 うぉぉ……この花魁系美人の子、近くに来るとフェロモンがすごいな。異世界でも滅多にいない部類だ。

 フェロモンには人を動かす力がある。

 もしこの子が前線で旗を持ったら味方の士気が向上して、難しい局面でも打破することができる非凡な能力となるだろう。

 その名は瞬く間に広がり二つ名が付く。

 例えば御旗の乙女。狂戦士の神輿姫。戦場に咲く薔薇と言ったところか。


 容姿端麗で愛嬌もあり隠し玉も持っている。面白い子がいたものだ。

 私が肉体と共に精神年齢も若ければ、運命の出会いと喜こび、神に感謝していただろう。いやー惜しい。若ければ素直に喜べたのになー。


「父ちゃんの顔すっごいニヤニヤしてる~」


 ななななな、なにを言ってるんだ! 誤解する言い方はやめなさいっ!

 さっちゃんが私の顔を覗き込んで言った言葉に動揺するが、なんとか心の内に留めることに成功した。

 すぐに緩みきった顔を戻し「さっちゃんがかわいいからだよ」と矛先を変え難を逃れた。

 その後食事を終えモール内の店が開店すると私たちは別れた。

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