第13話 避難訓練

 狐来(こらい)は絶頂から転げ落ちた自分の不幸を呪っていた。


「青森で幸運を呼ぶ超レアな妖怪、座敷童を俺のモノに出来たのに、なんで運悪くがけ崩れにあうんだよ……幸運っていったいなんなんだよクソが。そのあと御堂(みどう)の野郎に、あろうことかこの俺を、つ、つ、使えないクズって言いやがるしよぉッッ」


 事故から説教、そのあと一睡もせずに仕事場に来たため、高価な栄養ドリンクを飲み干し眠気を抑える。


「カァ~~……思い出しただけでもイライラするぜぇぇぇえ! そもそもお前が呼ばなければ俺は最高の式神を手に入れてたんだよ! あああああクソクソクソクソクソくそがあああああああああ!」


 レタスが入った段ボールを何度も踏みつけぐちゃぐちゃにすると、トマトを壁に投げ鬱憤を晴らした。


「ハァハァハァ……おい! 河童! ここを片付けておけ!! わかったか!!」


 命令されたやせ細った河童がいそいそと掃除に入る。

 狐来は嫌なことがあるといつもこうやって厨房の物置で八つ当たりをしている。


「低級妖怪を使役すれば人件費が掛からねーからこのショッピングモールは

 日本一になれた。だがよぉ、捕まえてきたのは俺たちだってことを忘れてもらっちゃー困るぜ。経営を何もわかっちゃいない七光りの坊ちゃんが調子に乗りやがって。そろそろ俺様の怖さを、身をもって体験してもらわないといけないよなぁ。今度何か言ってきたらぜってーシメてやる。ぜってーだ」


 コブシを左手に当て怒りと強さをアピールする。

 パシン、パシンと音が鳴るたびに、御堂をボコボコにする妄想を膨らませた。


「ああ? まだ汚れてんじゃねえか! さっさとやれグズ!」

「グギャ」


 しゃがんで掃除をしている河童の仕事の遅さに苛立ち尻を蹴る狐来。かわいそうな河童は怯え、丸まってしまった。


「ちっ、まあ少しは気が晴れた。仕事に戻るか。今日は避難訓練があったな。かったるいぜ」


 事務所から出てしばらくの間モール内監視をしていると、カメラを持った外国人が騒いでいた。


(お、トラブルか?)


 近づき様子を見ると、外国人は「オウシット!」と叫び股間を抑えていなくなった。


(ヒュゥ。周りの奴らは気づいてないが、体面にいたスーツの男……すげー殺気を放ちやがる。只者じゃねえな。殺し屋か? 俺も数多くの修羅場をくぐってきたが、その中でも上位のヤバい奴リストにランクインだ。関わるべきじゃねーなって……おいおいおいおいおい!? うそだろ!? スーツ男と話している和服の女の子に見覚えがあるぞ!? 俺の目が腐ってなきゃー取り逃がした座敷童じゃねえか!! 合成に失敗したから中途半端なキメラになって、ぐちゃぐちゃな姿で彷徨ってると思ってたが……)


 信じられないものを見た。

 崖下に落ちていった車から聞こえた爆発音。車からもちろんのこと、閉じ込めた妖怪を合成して強力な妖怪に進化させる『肉吸いの十八番』がはじけた音も複数した。かすかに観えた妖力が四散した跡も。


(そ、そうだっ妖力は!?――視えない、か。そりゃそうだ。座敷童は住みついてから力を発揮する生き物だ。ここには買い物に来ただけだろうから……いや待て。なぜ一般人が座敷童の姿を? 普通は妖怪の姿を見るには、霊感がなくては見えない。周りの奴らが全員霊感を持っているわけがない。となると一番怪しいのがスーツ男)


 なるほど、と見当がつく。


(ちッ厄介だな。俺と同じ陰陽師だったのか)


 霊感の無い人間にも妖怪が見えるようになる方法がある。それは陰陽師が呪によって妖怪を使役したときだ。


(クソがッ俺が最初に捕まえたんだぞ! 横取りしやがって!!)


 盗人を前にして怒りが湧いてきた。

 今すぐに返せと詰め寄りたかったが相手が悪い。

 憶測だが、鬼と狐ぐらいの力量の差があるだろう。

 妖怪相手にいつも狩られる立場にいる人間、だからこそこれまでの戦いから生き延びてきた狐来は、暗躍するすべを心得ている。


(ククク、良いことを思いついてしまった。ここに現れてくれたのは逆にチャンスなんだよ。向こうから蜘蛛の巣に飛び込んできてくれたんだ。やりようはいくらでもある)


 どうやら二人は買い物を続けるようで、スマホで地図を確認すると目的地に歩き出した。


(よし、今のうちに準備を整えてこよう)


 狐来は二人を監視するように私服スタッフに指示を出すと、バックヤードに走った。




 ☆☆☆




 ショッピングモール二階の携帯ショップで、さっちゃんが使うスマホを契約すると店内アナウンスが流れた。


『30分後に地震避難訓練が行われます。事前にご案内しました通り、各ショップは、避難訓練が終わるまで、一時休業とさせていただきます。地震避難訓練が無事済みましたら、1時間後に営業を再開致します。お客様にはご不便をおかけ致しますが、何卒ご理解いただきますよう宜しくお願い申し上げます』


 ふむ、やはりおもちゃ屋でジグソーパズルを買うのは避難訓練後になったか。

 客は残って避難訓練に参加してもいいし、嫌なら中央広場に集まるか外に出るかを選択してくれとのこと。

 時間的に帰っていく人もいるが、思ってた以上に多くの人が残った。意識の高さに感心する。


「オ~ゥ、アメイジング! アメリカデハ、アクティブシュータード銃乱射対応訓練リル ガアルデスガ、ワタシ ハ ヤテマセン。アースクエイクドリル タノシミデース!」


 着物集団の外国人が避難訓練を楽しみにしているのが聞こえる。

 地震の避難訓練を年に一回実施しているのは日本だけだからな。とても珍しい体験だろう。逆に日本では無縁な銃乱射対応訓練はどんなことをするんだろうと興味が湧いた。


「さっちゃんは訓練に参加したい?」

「ん~なにをするの?」

「ああ、日本はね、地震大国と言われるほど頻繁に地震が起きてるよね。世界的に見ると中国が一番多いんだけど、国土で見たら日本が断トツなんだ。だからもし大きい地震が起きた時に、ケガをしないように、死なないように、冷静に逃げれるように集団で訓練をしたほうがいいんだよ。経験したことがないならやろうか」

「うん!」


 そうしてしばらく通路で待つこと30分、スタッフが配置に着くと始まりの店内放送が流れた。

 ピロンロン、ピロンロン。緊急地震速報のチャイム音が鳴る。


『地震です。落ち着いて 身を守ってください』


 放送を合図にスタッフが一斉に指示を出す。


「「地震が発生しました! ガラスが近くにある方は離れてください!

 体を小さくして頭を保護してください!

 子ども連れの方は抱き寄せて覆いかぶさってください!」」


 おお、凄い迫力だ。っと、感心してる場合ではない。今の私は子どもを守る立場だ。


「さっちゃん、ギュってするよ」

「父ちゃん! 早く早くっ」


 モール内の雰囲気がガラッと変わったことに当てられたさっちゃんの顔は強張っている。抱き寄せた私は「訓練だからね、落ち着いて」と頭をなでる。


『訓練、訓練、訓練。ただ今地震が発生しました。現在、モール内の安全確認をしています。引き続き身も守る行動をとってください』


 第二の放送が流れると、スタッフは次の行動に移った。


「「そのままお待ちください! 店内確認! お客様いません!通路確認! ケガ人いません! 安全確認できました!」」

『避難経路の安全が確認できました。スタッフの指示に従って避難してください』


 そして最後の放送が流れると、立って整列するよう指示を受ける。


「はい、立って。あとは歩いていくだけだよー」

「ふはぁ~、怖かった~」


 髪と和服を直してあげている間、興奮した様子で言った感想が微笑ましかった。


「現在エレベーター、エスカレーターは使用不可となっております! そこで、二階にいる私たちは、斜降式救助袋で滑って降りていきます! 体調のすぐれない方、妊娠中の方、治療中の方、滑るのが難しいと判断された方、また、該当者の付き添いの方はあちらのスタッフについていってください! それ以外の方は私についてきてください! 子ども連れの方はしっかりと手を握ってはぐれないようにお願いします! 片手だけでもいいので頭の保護は忘れないでください! それでは行きまーす!!」


 スタッフは旗を掲げながら先導する。

 まるで旅行に行く気分だなと思わなくないが、実際目立つのだから有用だ。


「ねえねえ父ちゃん、しゃこーしききゅーじょぶくろってなに?」

「滑り台みたいなやつだよ。一階に降りるからちょっと長いんじゃないかな」

「長いすべり台!? やったー!」


 先ほどまで緊張していたさっちゃんは私の返答に喜んだ。

 ……う~む、言うべきか悩むな。

 これを言うとクソ真面目君乙とか、うわっつまんねーとか、いちいち口うるさいやつという低評価案件なんだが……教育のために仕方ないか。


「さっちゃん、まだ避難訓練中だから、気を抜かず真面目にやろうね」


 私はなるべく嫌な印象を持たれないようにやさしい声で話すと、


「そうだった! 真面目に!」


 と真剣な顔に戻った。ふー。まだどういう子か分かりかねてるが、たぶん素直な子なんだろう。


 子を育ててきた身としては、反抗期になると、家庭内で冷たい態度を取られるのが、内心苦く思った過去がある。頭のいい子たちばかりだったから、職場ではしっかりしてくれてたけど。

 集団でぞろぞろと移動するなかスタッフは声を上げる。


「しゃべらないでください! 避難中に無駄話をすると救助者や助けを求める声が聞こえなくなります! 足元に割れたガラスが落ちてるかもしれませんので、注意して進んでください!」


 熱心に業務をこなす素晴らしいスタッフ。待遇がいいのか教育がいいのか、その両方か。どこかに監視員がいて査定されているのかなど、学べるところを探りながら歩くと斜降式救助袋の設置場所に着いた。


「ではこれから一人ずつ滑っていただきます! スピードが出ない構造になってますのでご安心ください! 順番ですが子供と女性から先になりますが……一番近いお父様たちからお願いできますでしょうか」


 む、トップバッターに選ばれてしまったか。

 ここで女性から先に~などと遠慮してしまうとぐだってしまうから、率先して行動をすることにより、後続を引っ張ったほうがいいな。


「よし、さっちゃん行くよ! 上手に滑れるかな~?」

「すべり台ぐらいよゆーだよー」

「ありがとうございます! それではお父様から行きましょう! 四角い入口の上部を掴んで足から入っていただき、手をばんざいに、足は少し山になるように曲げて背中から腰部で滑るイメージで降下してください!」

「わかりました。じゃあさっちゃん、先に行くから下で待ってるね」

「う、うん……。がんばってね!」


 よし、まずは階段を上るのか。

 結構高いな。これはさっちゃん怖がるだろうか。


「さっちゃん、ちょっと高くて怖いかもしれないけどがんばるんだよ」

「だい、大丈夫だと、、思う……」


 心配だがこればかりはなるようになるしかない。

 私は鋼管で作られた四角い入口の上部を掴み、白のポリエステルで作られた袋状の滑り台に足を入れる。内部にロープがあり、手を離すと下っていくんだな。

 おおー。摩擦でスピードがでない。シュルシュルとこすれる音が面白いな。

 10秒もかからず出口に着くと、


「お疲れさまでした! 次が来ますので離れてください」


 と言われたのですぐに立ち上がり、少し離れた場所で入口のほうを見上げる。

 さて、滑ってこれるだろうか。ん? 何か盛り上がってるな。


「レッツゴー デスヨ プリティガール! ワタシ ガ ツイテマスヨ!」

「がんばって」

「ファイト―」


 どうやらさっちゃんの後ろに並んでいるお姉さまたちから応援をもらっているようだ。


「あ、ありがとう、お姉ちゃん。行ける気がしてきた! 大丈夫大丈夫大丈夫……ぃ~~~~~」


 袋状の滑り台に人影が流れていくのが見える。

 出口を見ているとすぐにさっちゃんの姿が現れた。

 無事脱出が成功して一安心だ。

 私の姿を見つけたさっちゃんは駆け寄ってきて、


「あのねあのね、怖かったけど楽しかったー! もう一回やりたい!」


 と嬉々として語った。


「ん、そうか、楽しかったか。ただこれは使わないに越したことはないからね。

 今度はちゃんとした滑り台に行こうね」

「うん!」

「そういえば上で何かあったのかい?」

「うしろにいたお姉ちゃんたちががんばれーって言ってくれたの。怖かったけど、勇気が出てすべれたの」

「じゃあお姉ちゃんたちにありがとうってお礼を言わないとね」

「うん! お礼言う!」


 私たちは出口を見て、次に滑ってくるであろう女性達を待つことにした。

 シュルシュルシュル――音と人影が知らせる。

「フーーー!」とアトラクションに乗っているかのように叫びながら滑ってくるのを予想するに、訓練を楽しみと言っていた元気のいい外国人だろう。

 応援してくれた一人だ。

 その女性が出口に着くと、私たち以外にも見ていた観客たちから、ちょっとしたどよめきが起きた。

 最初に見えたのは長くて白い健康的できれいな足。

 次にお尻をずりながら出てくるため、着物が崩れて、下着がチラチラと見えてしまっている。そして肩から胸元までばっさりと開いた着こなしで立ち上がるため、豊満な胸が視線を一点に集めた。

 着物軍団の中で花魁の格好をした一番セクシーな女性だったが、さらに色気が倍増していて、男どもは悩殺されてしまったのだ。

 こんなものを見せられてしまったら健全な男子はうなるしかないだろう。

 私は異世界の社交パーティーで見慣れているから、耐性が付いていて平常心だが。かといって着物の魅力は素直に美しいラッキーと感じた。

 彼女は恥ずかしいというそぶりを見せず、モデルのように堂々と立ち、髪を整えながらかんざしを挿す。

 少し離れた場所で友達を待つみたいだ。

 彼女の佇まいはとても絵になる。背景が京都の風景だったら、お金を払ってでも写真をねだる人で溢れていただろう。

 和服は日本人だけが似合うわけでもないな。

 さて、今あいさつに行ってもいいが、そうなると彼女の友達が滑ってくるたびにお礼を言わないといけないから全員が揃ってからのほうが楽ではある。

 仲良くなりたければこのタイミングがベストなんだが、そんなつもりはないしな。やはり待つべきだなと決め、さっちゃんに伝えようと顔を見ると――

 !? 顔が紅潮してるし目がキラッキラしている……ッ!?

 私はこの顔を知っている。

 この顔は人が恋に落ちたときや憧れを見つけたときにする顔だ。

 和服が欲しいと言ったときにも近い顔をしたが、まさか、さっちゃん……! 着ている本人のほうでしたか……ッ!? そっちの気でしたか……ッ!?

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