第9話 春川メグミ「はい。どんなときでも笑顔にさせます」



 私たちが暮らしている部屋の景色。ここに青い布団がかかったこたつがあって、そこにはチカから贈られたしろくまのぬいぐるみが座っていて、後ろには私が同人誌描いてる小さなテーブルとペンタブが置かれている。その周りはいろいろな色をした本の山。子供の頃からそこにある古ぼけたこげ茶のテーブル。チカと私が選んだ水色のテーブルクロスがかけられている。カーテンを束ねた窓からは、3月の柔らかい日差しに照らされた屋根や膨らんできた芽をつけた木々が見えていた。

 いつもと変わらない。

 でも、私たちは変わってしまった。

 まだ、そのことにとまどっている。


 こたつに入っていた。その後ろにはチカが私をぴったりと抱きかかえるようにして座っている。前から腕をおなかにまわして、私の肩に頭を預けている。

 チカと私は頭ひとつぶん近く背が高い。チカに抱きしめられると、実に収まりがいい。擬音にすれば「すぽっ」。ぴったりなフィット感。

 そんなことをぼんやりと考えながら、背中にチカのあたたかさを感じていた。

 心地よい。何かがほどけてくように心から安心する。


 幸せではあるけれど……。いいのか、これで。本当に? いいの?


 スマホをいじりながら、私は独り言のようにつぶやく。


 「タガがはずれた。ブレーキが壊れた。アウトオブコントロール。あと、なんだ……」

 「なにそれ、メグミ」

 「いまの状況」


 チカが背中越しにむぎゅっと私を強く抱きしめる。


 「むふー」

 「出たな、妖怪むふーめ」

 「むふー」

 「手を握るのすらあんなに尻込みしていたのに、どうしてこんなに密着してるんだよ……」

 「嫌い?」

 「そうじゃないけどさ」

 「むふー」

 「きっと抱き枕って、こんな気持ちなんだろうな」

 「そうだよ。メグミは私の抱き枕」

 「あなたの抱き枕は、のどが渇いたからお茶を欲しがってますよ」

 「その願いは叶えられませんでした」

 「なんだと」

 「こうしちゃうから」


 遅かった。「あ、それダメ」と言う間もなく、チカが私の耳を甘噛みする。


 「ひゃう」

 「むふー。いい声で鳴くよね、メグミ」

 「耳は止めろよ。弱いのわかってるんでしょ」

 「それはもう。何度も確かめさせていただきました。昨日だって……」

 「はいはい。どうせ私はエロいですよ。エロ大魔神ですよ」


 すねる私にチカが耳元で甘くささやく。


 「メグミ、かわいい」

 「うん……」

 「愛してる」

 「私も」


 あの日から何度も重ねた唇を、また重ねる。

 慣れない幸せを隠すように。


 割り込むようにスマホが震えた。

 唇をゆっくりと離す。残念そうなチカを横目に、スマホへやってきたメッセージを確かめる。


 「あ。発売日決まったみたい。ほら」

 「ほんとだ。すごい、すごい。メグミ、その日は本屋さんへ行こうよ」

 「結構恥ずかしいぞ、それ」

 「いいじゃない。読者様というものを見てみようよ」

 「うーん。どうしようかな」


 チカが私の頭をよしよしとなでる。


 「出版、おめでとう。急に決まったね」

 「なんかやたらバズったし。ネットに放流したら、30万イイねついてびっくりしたよ」

 「実在するこのふたりがモデルとは、誰も思わないだろうな」

 「まあね。告白のために書き溜めたマンガを世に出すなんて、最初は狂気の沙汰とは思ったけれど」

 「やってみたかったんでしょ」

 「ちょっとな。なんか認められたかったんだよ。チカとの関係を」


 私を抱きしめたまま、ゆっくりとあやすようにチカが体を揺らす。


 「メグミ。BL作家から百合作家になったご感想は?」

 「悪くない、かな」

 「いい感じ?」

 「描いているものの解像度が急に上がった気がする」

 「解像度……」

 「体験したほうが、作品に気持ちが乗せられるし」

 「エロい」

 「なんでだよ」

 「そういう性癖? みたいな?」

 「仕方ないだろ」


 私はチカに急に振り向く。きょとんとしているチカが目の前にいる。


 「これで結婚式の費用出せるよ。どうするチカ」

 「そうだな……。やっちゃうか」

 「チカは本当に式を挙げたいの? 私は別に……」

 「そうしないといけないなと思ってる」

 「なんで?」

 「罪滅ぼし」

 「ねえ、チカ。式をあげなくても幸せにしている人たちはいっぱいいるし……」

 「私がそうしたいだけだから。せめてね」


 チカが沈んだ声を出す。


 「かっこいい旦那さんでなくてごめんなさい」

 「かわいいお嫁さんだからいいよ」


 チカは返事をしない。


 ふたりで、この幸せにとまどっている。

 素直に幸せを感じられないふたりがここにいる。


 うーん。

 まあ……。

 きっと。

 私がそう思ってちゃダメなんだろうな。


 「妖怪むふーめ。この技を受けよ!」

 「な、なにをする!」

 「必殺! シャイニングフィンガー!」


 私は手を後ろに回して、チカの脇腹をくすぐる。弱いところはもうすっかり把握済みだ。

 にゃはははと笑い転げて、ようやくチカが私から離れた。


 「お茶入れてくる」

 「わ、私を置きざりにするというのかー!」

 「はいはい」


 涙目で私を見上げるチカをほっといて、台所に向かう。チカがすぐ後を追いかけてきた。ぴったり後ろについて私を抱きしめる。むう。邪魔くさい。そのまま力任せに歩きだした。チカもくっついたまま歩いていく。


 「歩きづらいって」

 「妖怪くっつき虫だから」

 「はいはい」


 やりづらいな……と思いながら、なんとか電気ケトルでお湯を作り、急須に茶葉を入れる。

 とぽとぽとお湯を注ぐと、清々しい香りが立ち上る。


 「良い香りだね」

 「そうだね」


 そう言うチカのほうに振り向く。その濡れたような瞳をつい見つめてしまう。

 何かに気がついたように、チカの手が私の頬をなでる。


 「メガネ外して。痕ついちゃうよ」


 何されるんだろうなと思いながら、それを拒むことなく、ちょっとだけドキドキして、私は黒縁のメガネを外す。


 「……これでいい?」


 チカがキスしやすいように顔を少し傾けてあげた。軽く目をつむる。

 きっとお茶が冷めてしまうなと思いながら、近づいてきた口を吸う。チカが応えるようにやさしく舌を絡めてくる。


 ピンポーン。


 「チカ、人来たから」

 「ほっときなよ」


 ピンポーン。ピンポーン。


 「なんでだよ。こら離しなさい」

 「やだ」


 ピピピピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピピンポーン。


 「お願いだから」

 「もう私のこと嫌いになったの。うるうる」

 「そうじゃなくてさ。ああ、もう」


 玄関の鍵が開く音がした。

 え? と思ったら、一人の白髪が目立つ恰幅のいい男の人が入ってきた。


 「チカ。お前……」

 「お父さん! なんで?!」


 あ……。

 え?


 「なんでって、なあ……。『いまから結婚する』なんて知らせが来たら、すっ飛んでくるだろうが」

 「いやだって、あとで説明するって書いたし」

 「あれじゃ悪い男にでも捕まったのかと思うぞ」

 「なんでよ」

 「いきなり家を出ていったと思ったら、そういうのが来たんだぞ。どう考えても男の元に行ったとしか思えないだろう」

 「そうなの?」

 「まったく、この娘は……」

 「私はちゃんと時期が来たら、メグミを連れて挨拶へ行こうとしてました」

 「危ない人だったらどうするんだ」

 「どうって……。メグミは危ない人?」


 私は顔をぷるぷると横に振る。


 「悪いが、お前が預けてた鍵を使わせてもらったぞ。玄関ぶち壊さなくてよかった」

 「そういや、お母さんは?」

 「まだ店だよ。これから混む時間だし」

 「そっか」


 私はチカに助けを求めるように見つめる。


 「ええっと……。どうしたら」

 「どうしようか」


 チカのお父さんが咳払いをする。


 「とりあえず離れんか。……話しづらい」

 「「あ、はい」」


 ふたりはそそくさとお互いを抱きしめていた腕を離した。






 テーブルで向かい合う3人。私の前には、腕組みをして険しい顔をしているチカのお父さんが座っている。隣には少しむすっとしたチカがいた。

 ただ3人で黙っていた。

 時間だけが流れていく。空気はずしりと重い。

 圧死しそうな中で、ひたすら考える。

 ここは、先手必勝……、するしかないのか。

 お父さんの気持ちは察して余りある。どこの馬の骨ともわからない、という言葉がぴったりな私。

 やはり謝るしか……。たくさん謝るしか……。


 「こっ! こ、のたびはご挨拶が遅れて、たいへん申し訳ございませんでした!」

 「いや……。こっちも急ですまん」

 「ほんとだよ、お父さん、昔からだよね。あわててばかりで」

 「そういうけどな、チカ」

 「お茶。おいしいから。これ飲んで落ち着いて」

 「ああ……」


 さっき淹れていたお茶を差し出す。すっかりぬるくなってしまった気がするけれど、お父さんはちびりちびりと飲んでくれた。


 「うまいな、チカ」

 「でしょー」

 「緑茶に……、リンゴか?」

 「さすが、お父さん。こないだメグミと津軽へ行ったときに、乾燥リンゴのおみやげがあってさ。それ砕いて緑茶と一緒に淹れるの、最近ハマってるんだ。香りいいでしょ」

 「ああ。青々しい香りにリンゴの甘い香りが重なるのはいいものだな。広がるリンゴ畑を感じさせる。味にはかすかに甘みもある。これは緑茶の渋みと合うな」


 ああ、本当にチカのお父さんだ。

 おいしいものに出会ったとき、つい分析してしまう癖はそっくりだ。


 「チカが考えたのか?」

 「ううん。それメグミなんだよ」


 いきなり話を振られて「え、はい、その……」とよくわからない返答をしてしまった。


 「メグミと私は、だいたい味覚いっしょだから。おいしいものをおいしいって言い合える」

 「そうか……」


 チカのお父さんが傍らに置いてあった包みをテーブルに置いて開いていく。いい香りがする。


 「とりあえずわからなくて持ってきた」


 現れたのは黄金色に輝くコロッケだった。

 悪漢に捕らわれたかもしれない娘のところへ、コロッケ持参というのは……。

 その慌てぶりに心の中でくすりと笑い、そしてそうさせてしまい、申し訳なく感じる。


 コロッケ……。

 コロッケか……。


 クリスマスの夜、チカが手際よく作ってくれたコロッケの卵とじをふと思い出す。


 あれはおいしかったな……。


 「クリスマスのとき、コロッケをチカさんからいただきました」

 「うちはクリスマスのときは鳥ばっかりで、コロッケとか普段のものは作らないんです。あのときは、わざわざこの子が作って」

 「そうだったんですか……」

 「きっと、その頃からあなたは特別な人だったのでしょう」


 チカが「バラしちゃだめ。言うなってお願いしてたでしょ」と、横でぷんすか怒ってる。


 「しかしなあ、チカ。急に結婚するとか言い出して、ましてや女の人とだなんて」

 「それはまあ……。申し訳ないとは思ってるけれど……」

 「いや、お父さんたちはなんとなくわかってたし、それはそれでいいとは思っている」

 「え、そうだったの……。何十年も気を使い続けていたというのに……。いったいこの思いをどうすれば……」


 チカがわなわなと震えている。

 お父さんがチカに真剣に問いただす。


 「一番のところは生活だ。まだ大学生なんだぞ。どうするんだ?」

 「大学は続ける。それから起業する」


 その言葉に私はびっくりしてチカを見る。


 「私、初耳なんだけど」

 「なんかチェーン店にしたくてさ。我が実家を」

 「そっか……。じゃ、宣伝マンガは描かしてよ」

 「いいよ。キャッチーなの、お願い」

 「任せろ」


 お父さんがまた咳払いをする。


 「チカ。お父さんたちは、そんなこと望んでないぞ」

 「私は、私の大好きな味をもっと広めたいだけだよ」

 「うちのは、どこにでもあるただのお惣菜屋だ。味だって平凡だと思う」

 「そんなことないよ。それがないところのほうが多いし。それにね」

 「なんだ」

 「おいしいもの食べるとさ、うちのも食べてみてよ、とか思ったりするんだ。それもおいしいけど、これもおいしくない? みたいな」

 「うーん、よくわからんが……」


 私には少しわかってた。いろいろなものを食べて、おいしいといっしょに言い合える、その幸せ。


 「それに生活なら大丈夫。メグミは絶対出世するから」

 「え? ちょっと、チカ。買い被りって言葉、知ってる?」

 「私の辞書にはないかな」

 「買い換えたほうがいいよ、その辞書」


 自分のスマホをしゅぱしゅぱとめくって出てきた私のマンガを、チカはお父さんに見せる。


 「ほら、この話」

 「ああ……。これか。なんかテレビでやってたな」

 「これ描いたのメグミだから」

 「そうか……」


 テレビで取り上げられていたのか。それはちょっと見たかったな……。

 いろいろ話が交錯しすぎて、つい目の前の現実を逃避してしまう。


 「というわけです。お父さん。私たちは幸せにやっていけます」

 「そうだが……」


 お父さんが目元をつまんで天を仰ぐ。そのまましばらく考え込んでいた。しばらくしてから、諦めたように言う。


 「まあ、ちゃんと式はあげなさい。娘のウェディングドレス姿は、お母さんの楽しみだから」


 認めてもらえた。私は喜ぼうとしたけれど、チカは真剣な顔を崩さなかった。


 「わかった。お母さんはどう思ってるの?」

 「それがだな……」


 めちゃくちゃ大きなため息をするお父さん。

 え、なに。

 もしや、大反対されているのでは……。

 お父さんは暗い顔をして目を背けながら言う。


 「めっちゃ喜んでる。娘がふたりになったって」

 「あはははは。やっぱりね。お母さんらしいな」

 「あれはあまり物事を考えてなさすぎだ。そういうところだけはお前に似てる」

 「そっかなー」


 そうなんだ……。

 いや、待て待て待て。

 それじゃいけないんじゃないのか。


 「そ、その!」


 いきなり大きな声を上げた私を、ふたりが見つめる。


 「私なんかで本当にいいんでしょうか? わからないんです……。ずっと悩んでばかりいます」

 「メグミ……」

 「チカさんはとてもいい子なんです。笑ってくれた顔が私にはとてもうれしくて、それだけがどうしようもない私に勇気をくれて……」


 お父さんは黙って私を見つめている。


 「私は本当にチカさんの横にいてもよいのでしょうか……」


 うつむいてしまう。

 そんなことを言ったって、しょうがないのに。

 お父さんが優しい声で諭すように言う。


 「メグミさん、あなたはきっといい人だ」


 私はそんなんじゃ……。


 「でも、あなたが信用できる人物かどうか、この短い時間でわかるわけがない。メグミさん。申し訳ないが」


 私は息をのむ。

 やっぱりダメなんだろうな。そうだよな。

 チカがうなだれた私の手をそっと握ってくれる。


 「私は21年育ててきた、この娘を信用します。

  チカが良い人と言うなら、きっとそうなのでしょう」


 私はうつむいたままだった。

 でも、その言葉で、少しだけ前が明るくなった気がした。


 「それは……その……、ありがとうございます」

 「一緒に飲みませんか。うちのお惣菜おいしいでしょ? 近所になじみの居酒屋があって、そこに持ち込んで飲んだりしてるんです」

 「……ご相伴に預からせていただきます」


 見守っていたチカが嬉しそうに言う。


 「お父さん良かったね。夢が叶って」

 「まあな。小さい頃から言い聞かせていてよかった。いい人できたら一緒に飲ませろって」


 チカとお父さんが笑い合う。チカはまだ手を握ってくれていた。私は長い間背負ってた荷物を少しだけ下ろせたような、下ろしてもいいよと言われたような、そんな気持ちでいた。






 そろそろ店に戻るというので、玄関先までお父さんをふたりで見送ることにした。

 靴を履くお父さんにチカが声をかける。


 「お父さん、ごめんね」

 「謝るぐらいなら、うちを手伝え。最近パートさんのやりくりがたいへんなんだ」

 「あはは……」


 チカがあいまいに笑う。

 お父さんが扉を開ける。廊下のその先は、いつのまにか灰色の雲が、空から垂れ下がるように広がっていた。


 「おい、雨降ってきたぞ」


 お父さんがそう言うと、チカがはじかれたように言う。


 「あ、洗濯物!」

 「げ。干しっぱなしだった。ごめん、チカ!」

 「いいよ、やっとく」


 あわててベランダへ走っていくチカ。少し心配しながらそれを見送る。


 「娘を…、娘をどうかよろしくお願いします」


 その言葉でお父さんに振り返る。

 お父さんが私に頭を下げていた。

 私はそれを前にして、胸元で手を握りしめた。さっきまでチカに握ってもらっていたその手を。


 「はい。どんなときでも笑顔にさせます」


 頭を上げたお父さんに、私は青い傘を渡した。お父さんはそれをしっかりとつかむ。軽く一礼をすると、「では」と言って去っていった。

 私はお父さんの姿が見えなくなるまで、深々とお辞儀をしていた。






 ベランダのようすを見に行ったら、チカが最後のハンガーを手にしていたところだった。


 「どうチカ?」

 「みんな取り込んだよ。あんまり濡れてなかった」

 「奥のほうに干しといてよかったね」


 チカのが握ってたハンガーと服を受け取り、こたつのそばに置いた。

 戻ってみると、チカはまだベランダにいて、うっすら暖かい色になってきた灰色の雲を見つめていた。

 ぽたりぽたりと雨のしずくが、やさしく空から降ってくる。


 「だいぶあったかいな」

 「そうだね」


 ベランダから街並みを望む。三角の黒い屋根。四角い灰色のビル。芽吹きだした木々。みんなうっすらと色づいて、何かに癒されているように見えた。

 チカがぼんやりと言う。


 「春の雨だね……」

 「うん。土の匂いがする。降り始めのこの匂い、好きだよ」

 「私も」

 「こういうの慈雨って言うんだろうな」

 「ジウ?」

 「慈悲の雨って書くんだ。いろんな生き物を癒してくれるそんな雨。恵みの雨、とか」

 「メグミの雨か。ジウ……」


 チカが何か考え込んでる。


 「いいな……」

 「何が?」


 良いことがあったようにチカが顔を上げる。


 「子供につけたいな。その名前。なんかいい」

 「え、精子バンクとか養子縁組とか探す?」

 「あはは。メグミの顔が面白くなった」


 チカがいたずらっぽく幸せそうに笑う。

 その笑顔に私の心は吸い込まれていく。


 「私はメグミがいればそれでいいから」

 「そっか」

 「一緒にいてくれてありがとう、メグミ」

 「こちらこそ、チカ」

 「愛してる」

 「うん、私も」


 私たちは手をしっかりつなぐ。

 外の世界をまっすぐ見つめる。

 マンガで描いたあの子たちのように。

 気高く強く、誰にも負けない。

 私たちはきっとそうなれる。


 あたたかいオレンジ色に染まりだした空は、いつのまにか、もう泣くのを止めていた。






 その日の夜。私たちはこたつにならんで入り、一台のスマホを前にしてはしゃいでいた。


 「チカー。本当にこの文面でいいの? 果たし状ぽくない?」

 「いいの。もう何回も直したでしょうに」

 「でもさー」

 「もう、押しちゃうよ?」

 「ええ……。わかった」

 「いくよ」

 「うん」

 「「いっせーの、せっ!」」


 ふたりの人差し指が同時にスマホの画面に表示されているボタンを押す。ぴろん、という感じで、メッセージが送られる。

 チカがにんまりと言う。


 「これでよしっと」

 「あーあ。やっちゃった。ねえ、チカ。もうちょっと後にして驚かしたほうが良かったかもよ」

 「最初に言うべきは、あのふたりだよ」

 「まあ……。そうだね。私たちをふってくれたから、こうなれたわけだし」


 送った文面はこうだった。


 ――明日、ハルカとミヤコにご報告したいことがあります。高校のときによく行ってた、あの懐かしい喫茶店でお待ちしています。メグミとチカ。


 「来てくれるかな」

 「さあ」

 「おい」

 「まあ、来るよ。あのふたりなら」


 ほどなくしてぴろろんという感じで、ハルカとミヤコからほぼ同時に返信がやってきた。


 私たちはそれを読む。そして、心が満たされたように微笑んで、お互いを見合う。

 チカが私へおだやかに言う。


 「そろそろこたつしまおうか」

 「そうだな……。もう寒くないもんな」


 3月も終わるその頃。私たちにはあたたかい春風が吹いていた。




--------

 次話はふられた相手に報告しながら、いよいよ結婚式へ。ミヤコとハルカは結婚式に来てくれるのでしょうか。物語はここでおしまい……と思わしておいて、ここからがスタート! みたいなお話です。

 お楽しみに!



推奨BGM: 坂本真綾「Remedy」

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