第25話 ドラゴン流マッサージ

 力は本来の四割強。ふむふむ。思ったより回復しとらんな。やはり、星の魔力が著しく少なくなった事による弊害か。


 ファブニールは飛行しながら、2日近く経っても本来の半分も回復していない能力に悩ませていた。


 星にはあらゆる種族がいて、それらは無意識に星を調整している。

 支配者としての『ドラゴン』が他の種を滅ぼさなかったのはソレを知っていたからだ。


 『ドラゴン』の役割は魔力の循環。星を包む膨大な魔力を受け止めて、世界各地に放出する為の種。そうやって世界を魔力で満たし、他の種族は思うがままに魔法を使える。


 しかし、ドラゴンが眠った事で、膨大な魔力の循環は行えず魔法は衰退。恐らくはスキルと言う形でしか個々での使用は出来なくなったのだろう。


『にしても、だ。これ程に薄くなっているとはな』


 風魔法も思ったより纏えない。うーむ。どうにか出来ないものか……お?


 と、ニールは積乱雲を視界の端に見つけた。すぐさま急上昇。魔力の塊でもある巨大な雲の中に、ボフっと入る。






 画家のアルハイゼンはスランプだった。

 世界各地を巡り、あらゆる風景を絵画とした彼の絵は世界中で評価され、新作が公開される度に芸術界隈が湧いた。


「うむぅ……」


 そんな彼は、今、広域飛行船に乗って外廊下でパイプを吹かしながらインスピレーションを探している。

 この広域飛行船は一般のモノとは違い、上流階級の者しか乗船できない程に高価な場。そんなモノに容易く乗れると言うのも彼が持つ富の現れだ。


『船内アナウンスです。二時の方角にある積乱雲を回避します。多少揺れますので、お気をつけください』


 アルハイゼンは多くのモノを見すぎた弊害か、どんなモノを見ても何も感じなくなった。つまり、新鮮味が無くなったのである。

 絵とは己の中の沸き立つ感情。ソレをストレートに表現してこそ画家の本質を伝えられるのだ!(本人談)

 しかし……


「私は……燃え尽きてしまったのか……」


 気がつけば巨万の富と名声を手にしていたが、アルハイゼンにとってそんなモノは意味がない。

 全てを捨てて、一からやり直そうと思った矢先、惑星直列があると親友から聞き、広域飛行船に乗ってソレを直に見てみる事にしたのだ。

 普段は出来ない体験に再びインスピレーションを刺激出来れば、と考える。


「ママー、あれ何ー?」

「ん? 雲の王様よ。積乱雲って言うの」


 隣で親子が会話している。その時、カッ! と背を光が叩いた気がした。






 ニールは積乱雲に入った途端に濃縮された魔力を浴びる。それは渇いた喉を潤すが如く吸収され、身体を叩く雷が程よく身体を解す。


『これヤバ……昔はビリビリして苦手だったけど……』


 積乱雲が膨大な魔力を内包している事は『ドラゴン』の中では周知の事だ。そもそも、他の種族には物理的に荒れ狂うエネルギーに耐えられないと言う事もあり、一切手がつけられていないのである。それは今になっても変わらなかったらしい。


『アッハッハ! 気持ちー!』


 身体を這う雷を散らせる様に少し魔力を放出。それにより積乱雲は爆発するように弾け飛んだ。

 ダルかった所を一気に解消出来た。魔力によって内部を、雷によって外部を整理する事が出来、先程よりも調子が良い。


『まぁ、それでも六割弱か』


 後、何個かの積乱雲に突っ込めば魔力を満たせるだろうが、探す時間は惜しい。と、


『ん?』


 近くに飛行船をニールは見つけた。ソレは積乱雲が炸裂した最に放たれた雷の一つが直撃し落下を始めている。


『おっと、やべ』


 ニールは先に飛行船から零れたヒトに接近し、魔力を纏わせて浮かせると自身に追走さる。そして、飛行船の故障した箇所と機関を『再生』させ、再起動。落下速度を緩やかに抑えて機動が安定した所に救助したヒト達を甲板へ降ろした。


『ほほう。そっかそっか。我らが居ない空なのだから、その様な技術も出来て当然か』


 『ドラゴンニール』の姿を見て誰もが驚愕している。その中で母親に抱えられた女の子は、嬉しそうに手を振っていた。


『ふむ』


 ニールはお詫びに、簡単なアクロバットを見せると、大喜びする少女を尻目に、ふふん、と笑い、再びミルドルへ飛んで行った。






「ええ。急に爆発しましたよ。積乱雲が、です。その衝撃と雷で飛行船が停止し、落下を始めたのです。私? ええ。死ぬかと思いました。何せ事故の衝撃で飛行船から放り出されてしまったのですから。しかし、そこで不思議な事が起こったのです。なんと、私の身体は宙を泳いでいたのですよ。私のスキルは皆さんご存知の『光景保存』。飛行系のスキルなどではありません。しかし、更なる衝撃がありました。『ドラゴン』です。なんと、『ドラゴン』が飛行船の回りを飛び始めると、みるみる内に修復されて行ったのです。そして、何事もなかったかのように安定した甲板に私と同じ様に救助された者達は優しく降ろされました。それがあの事故の真相です。え? 教会の発表と違う? いえいえ、あれは紛れもない『ドラゴン』です。そして、この世の何よりも美しい生物でした」


 事故から数週間後、生涯の力作である『白き竜と飛行船』を描いたアルハイゼンはインタビューにて、絵の経緯と永遠に続くインスピレーションを手に入れた理由を語った。


「それに、今更ながら『ドラゴン』など珍しくないでしょう? 世界中で見れるのだから」

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