1章 8000年後の英雄譚
第1話 ドラゴンガール
生きていて、ふざけるな、と言いたくなる事があるだろう。
それはオレからすれば日常的に起こっている事なのだ。
役に立たないスキルを与えられた時ほど、そう思わざるえない。
ふざけんなよ! こんな世界……全部滅んでしまえ!
スキルの神託を受けてから5年後、ジークは砂漠の遺跡街で暮らしていた。
人が取り囲むようにして出来たリングの中で対戦者と殴り合う。
モラルの欠片もない暴言が観客から飛び出す試合は一方的だった。
「ぐぁ!?」
何度も仕掛けたラッシュを見切られたジークは対戦者からの完璧なカウンターを受けて一発でダウンする。
「今日もレバンの勝ちかよ!」
「大穴狙ったんだけどなぁ」
賭け試合である目の前の勝敗に観客たちは解散を始めていく。
「くっそぉ……」
まだ闘志は消えていないジークであるが、それに反する様に身体は立ち上がる事を拒んでいた。
すると、対戦者は近寄ると地に伏すジークを見下ろす。
「もう止めとけよジーク。手加減してやってんだ。今日はちゃんと休んでまた明日、大穴としてボコられに来い」
「レバン……テメェ。ふざけんな!」
怒りが身体を起こすも、無様なパンチではレバンの持つスキル【見切り】の前には蚊が止まった様な
レバンは欠伸をしながらジークの拳をかわすと、腹に膝蹴りを入れ、下がった頭を蹴り上げた。
「手間増やすんじゃねぇよ。無能の分際でよ」
「ちくしょう……」
今度こそ完全に決着。仰向けに倒れて意識を失ったジークを残して場は解散となる。
夕日が地平線に沈み、夜へと変わっていく。
「くそ……」
ジークは夜の街を歩きながら繰り返される様に悪態しかつけない。
スキル【
それはドラゴンに対してあらゆる恩恵を得て、互角以上に対峙することを可能にする。
しかし、ドラゴンなど、この世界には存在しない。出てくるのは創作の中だけ。子供に読み聞かせる絵本の中の架空の生物なのだ。
飛竜や砂竜と言った“ドラゴン”の文字が入る生物に有効かとも思ったが全くの無反応。
【竜殺し】は過去一度も発動したことはなかった。
「……」
思い出すのは五年前にスキルの有無を家族に伝えた時だった。
両親は落胆し、妹には馬鹿にされた。
跡取りとして期待されていたが向けられる落胆の眼に耐えられなくて逃げるように家を飛び出した。
「……こんなスキル……役にたたないですよ。師匠」
当てもなく彷徨っていたジークを助けて、この街まで連れてきた師は、どんなスキルも必ず役に立つ時が来る、と言っていた。
「せめて、こいつが使えれば……」
聖剣バルムンクと呼ばれる剣を召喚する。しかし、刀身は無く相変わらず柄だけだ。
「はぁ……」
これからもずっとこんな人生かよ……
試合への出場料と知り合いの手伝いで日々を食いつなぐジークはとぼとぼと帰路についた。
夜空に一筋の光が走る。
それは彗星として、地上から観測されたが本質は全く異なっていた。
“久しいな……愛しき故郷”
それは意思を持つ生物。長い旅を得て故郷に帰って来たのだ。
直進するだけのソレが不意に軌道を変えた事で観測していた者たちは慌て出す。
“我が愛する『英雄』殿はどうしてるだろうか?”
惑星を一周しつつ反応を探る。
“ん? だいぶ反応は薄いな。老害どもめ、やっぱり眠ったか。故に信仰が途絶えたようだな”
索敵感覚を最大に引き上げて、砂漠の地域にその反応を感じとる。
“そんなに弱ってるなら、話し合いの余地はあるかもな”
軌道を砂漠の地域に向ける。惑星を覆う熱を突破する為に魔力を全開にして自らを保護。
“さぁ、再会だ”
ソレは夜空を裂く様に墜ちる――
ジークは街の外れにある寂れた一軒家に帰る。そこは師の家であるが、当人は不在であり戻るまでジークが守っていた。
「……今日でニ年か」
師が“しばらくしたら戻る”と言う置き手紙を残して消えてから二年が流れた。
いくつかの勢力のにらみ合い牽制によって、辛うじて秩序を保っているこの街は治安維持組織など存在しない。
故に、この街で人が消えると言うことは命が消えるのも同じだ。
「……待つしかねぇよな」
捜しに行くことも考えたが、師の行き先など皆目検討もつかないのだ。
「痛て……」
レバンに殴られた箇所が痛む。しかし、問題はそれではなかった。
「くそ……なんでオレのはこんなに役に立たたないんだよ」
現実を見れば見るほど、無能であると突き付けられ、毎回の様に自己嫌悪に陥る。
と、ジークは気がつかなかった。
夜空から真っ直ぐ墜ちてくる光は彼の家へと迷い無く落ちている事に。
そして、轟音と共に天井を突き破り、落下の衝撃で家のど真ん中を抉った。
「……はぁ?!」
直撃はしなかったものの、着地の衝撃で吹き飛ばされたジークは逆さまの状態で壁に激突していた。瓦礫を少しかぶるも、何が起こったのか理解出来なかった。
「おいおい……なんだ!? 誰だ!? 師匠の家だぞ!」
なんてことしやがる! と、瓦礫を退かしながら立ち上がる。
穴の開いた天井は、見事に開通し夜空が綺麗に見えていた。パラパラと細かい瓦礫が落ち、落下地点は少し凹んでいる。
「何とかなったか……それにしてもだいぶ魔力を持っていかれたな」
落下地点の中心に居たのは一人の少女だった。
雪のように白い髪に翠色の瞳。何も着ておらず、魅力的な凹凸が目立つ肢体が長い髪に隠れていた。
「人の形へ成るので精一杯か。回復には少し時間がいる――」
「おい、こら」
自分の手を見て自問自答する全裸少女の頭をジークは感情のままにひっぱたいた。
「あ痛て!?」
「クソガキ。何てことしやがる! 【時空師】ガイナンを知らねぇのか!?」
「痛いなぁ……女児を殴るとは、貴様はロクな死に方をしないぞ?」
「ロクな死に方をしないのはお前だ! 溶岩の中と深海のどっちに飛ばされたい!?」
「んー、今は深海かな。
見ると少女の身体からは湯気が立ち込めていた。
「ったく……師匠にどう説明すんだよ」
何をやっても良いが家だけは壊すな、と言う事をジークは何度も師から言及されていた。
過去に師への襲撃して来た奴がいた。そいつは玄関のドアを蹴破って入って来たが、師は有無を言わさずにそいつを消した。
「何をカリカリしてる?」
「おめーが屋根ぶっ壊したんだよ! 頼むから! 黙ってろ!」
「ふむ」
どうするよ、おい。と今後の事を考えているジークを他所に、少女は自分が突き破った屋根を見上げて手をかざす。
「良い夜光なんだけどな」
すると、時間が巻き戻る様に瓦礫が破損個所に吸い寄せられていく。
少女は立ち上がると、抉った箇所から移動し、そこも元通りに“再生”する。
「隕石でも落ちて来たとか……いや、無理だ。絶対にバレる。修理するにしても……木材は高騰してたっけ……」
「おい」
「なんだ!?」
ジークが振り返ると家の損傷は跡形も無くなっていた。思わず目が点になる。
「この程度の再生は息をするよりも簡単だ。ある程度の想像はあるが、概ね誤差は無い」
「……お前、何者だ?」
冷静になると困惑しか感じなくなったジークは少女へ真っ当な質問をした。
「【再生】のファブニール。ドラゴンだ、『英雄』殿」
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