三章3



「では、もとはと言えば、このさわぎはおまえの責任か。ワレス小隊長」


 薄暗い文書室。

 避難してきた兵士たちが廊下いっぱいにあぶれている。そんななか、隊長位につく者は文書室で会議をひらいていた。砦にいるおよそ三分の一の小、中隊長だ。本丸に逃げてくることができたのは、これだけだ。


 そもそもの事情を説明したワレスは、六十人の隊長たちから槍玉にあげられていた。生意気で、努力するふうもなく、次々、手柄をあげるワレスは、ふだんから同僚や上官たちによく思われていないのだ。こういうときに、そのがまわってきた。


「どう責任をとるつもりだ。きさま一人のために、コーマ伯爵をはじめ、尊い命が幾多も失われたのだぞ。この砦全体の危機、もはや、きさまの首をもらっても事態はおさまらん」

「まったくだ。人に見えないものが見えるなどと、その増上慢が今日のこの事態を招いたのではないか?」

「だいたい、おかしいと思っていた。妙なものが見えることじたい、まるで人とは思えない。おまえ自身が魔物のようだ」

「だからこそ魔物に好かれたのだろう」

「すました顔をしているが、ヤツは魔物のスパイかもしれん」

「そうだ。悪魔に魂を売ったというのは、そういうことだ」

「このまま彼をここへ置いておくのは危険です」

「早急に処分すべきである」


 何を言われても、ワレスは反論しなかった。言い返す気力もない。


(ハシェドはあの塔にいる。あの部屋に閉じこめられて……)


 ぶじでいる可能性は……おそらく皆無だ。だが、願わずにはいられない。どうか、ぶじでいてほしいと。そのためなら、どんなことでもする。

 ハシェドはワレスに対する人質だ。今すぐには殺さないと言ったアンドソウルの言葉に、いちるの望みをかけるよりなかった。


「彼は断罪すべきだ」


 ワレスが今日まで顔も知らなかった正規隊の大隊長コーンウェルが、しかつめらしくひげをなでながら言った。


 大隊長たちの部屋は、一部をのぞいて本丸の四階に集中している。文書室まで生きてたどりつくことができたのは、コーンウェルだけだ。ほかの大隊長は、アンドソウルの迅速な行動により、彼の魔手に落ちたらしい。


 結界を張るために閉ざされた扉は、魔法を保つためにひらくことができない。

 今ごろ、逃げ遅れた多くの兵士はどうなっていることだろう。ハシェドを案ずるワレスにとっては切実な悩みだ。いっそここまで、ワレスをひきずってきたギデオンが恨めしかった。


「聞いているのかね? ワレス小隊長」


 コーンウェルに問われて、ワレスは顔をあげた。


「ええ。私を罰したいのでしょう。ならば、ご随意ずいいに」


 なげやりな態度がさらに反感を買った。


「いい覚悟だ。本来ならば断首と言っていいところだが、私一人の意見では決めかねる。多数決でどうだろう」

「賛成です」

「賛成」

「私も賛成します」


 半数が手をあげるなかで、とつぜん立ちあがる者がある。


「異議あり」


 正規隊のサムウェイ小隊長だ。以前、ワレスとともに事件解決にあたったことがある。


「さきほどから聞いていれば、罪のなすりあいをしているとしか思えない。相手は人力では抗えない強大な魔物だ。ならば、ワレス小隊長が罠にハメられたのは、背後から襲われるのと同じだ。今は彼の責任をうんぬん言ってるときではない。あの魔神に対してどう処するか、一刻を争って決断すべきではないのか?」


 サムウェイの熱弁に、一座が静まりかえった。それに拍手を送り、ギデオンがあとをとる。


「私もその意見に賛成だ。自分の部下だからかばうわけではないが、ワレス小隊長は有能すぎる。今ここで罰すると、我々のほうが後悔することになりかねない」


 誰かがこっそり揶揄やゆする。


「あんたが男色家だからだろう。ワレス小隊長にベタ惚れだと有名だぞ」


 ギデオンは悪びれなかった。


「こいつが顔のキレイなだけの無能なら、とっくに手ごめにしてる。それができないから、こう言ってるんだ」


 コーンウェル大隊長は顔をしかめた。

「静粛に。大事な会議の最中だ。ギデオン中隊長。それはつまり、ワレス小隊長がこの問題を解決するということか?」

「はい。彼の直感力は天性のもの。凡人にはマネできない」

「それほど言うなら、聞かせてもらおうか。ワレス小隊長。この件を解決する自信があるのかね?」


 ワレスはコーンウェルを見つめる。

「自信はありません。が……」


 ふと、そのとき思いついたことを、ワレスは言ってみた。


「あの魔神は私のもとへ来る前にも、何人かの血を吸っていた。だが、そのときの兵士は不死者となって蘇りはしなかった。そこが気になるところです。なぜ今は吸血が伝染し、以前はしなかったのか。違いを分析すれば、退治の糸口になるかもしれません」


 コーンウェルも沈黙するよりなかった。


 全員の反応を見て、今やコーマ伯爵の代わりに兵士を統率しなければならなくなったガロー男爵が告げる。


「ワレス小隊長の言いぶんはもっともだ。しかし、残念ながら、新しい文書はすべて伯爵の部屋に保管され、今となっては確認できない。目撃者の話を早急に集めよう。各自、部下たちに聞いてまわるように。それまで、いったん会議は中止だ」


 それでいちおう決着がついた。


「しかし、だまされたとは言え、ワレス小隊長が魔物の手先になりさがったのは事実。彼は個室に入れて見張りを立てるべきですな」


 負けおしみのように、コーンウェルが主張した。


「しかたあるまい」


 ガロー男爵も、その意見に反対するわけにはいかなかった。ワレスは司書の寝室の一つに隔離されることになった。


「ワレス隊長」


 廊下で、心配そうにアブセスが待っている。

 ワレスは彼に笑いかけた。


「おれが監禁されているあいだ、隊のことは頼んだぞ。ハシェドもクルウもいないのだからな」

「はい」


 アブセスに見送られて、ワレスは一室に入った。

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