ロンドの草稿 その十 1



 夜会で再会してからというもの、あちこちで、グレウスはゾナチエに会った。

 彼女がこの地方の貴公子たちと次々に友達になって、多くのパーティーに顔を出していたからだ。そのたびに、彼女はオスカーと親しくなっていく。

 誰の目から見ても、彼女の狙いはオスカーだ。


「君は近ごろ、僕のお供で従ってるのか、ほかの目当てがあって来てるのか、知れたものじゃないな。君には悪いが、僕はとうぶんパーティーには出ないつもりだ。母上の容態が思わしくないのでね」


 グレウスのオスカーに対する態度は、どうしても卑屈になってしまう。


(嬉しそうに頬なんか染めやがって)


 グレウスにとっては、ずっとオスカーだけが心の支えだった。彼の言葉だけがよりどころであり、彼こそが真実の友であり、自分を理解してくれるただ一人だった。

 でも、オスカーにはそうではなかったということだ。


 こんなことなら、彼の呪いを解いてやるのではなかった。発狂するのは直系だけだなんて言わず、さんざんおどしておけばよかった。ドラマーレの血を持つ者を、どこの貴族が本気で相手にするものか、結婚なんてできないと言ってやればよかった。そうすれば、オスカーは一生、グレウスのそばを離れなかった。


 みじめな気持ちで、グレウスは毎日をすごした。

 自分の恋に夢中のオスカーは、グレウスが日に日に沈んでいくのも気づかない。グレウスは三月もすると、いっさいパーティーには出なくなり、日がな一日、自分の城に閉じこもっているようになった。


「グレウス。今の君の生活はよくないよ。たまには気晴らしもしなけりゃ」

「気晴らしが必要なら、君一人で行きたまえ」


 もちろん、招待状はグレウス宛に来る。供のオスカー一人ではかっこうがつかない。それを知っていて、いじわるを言ってやる。


「人が悪いな、君も。どうしてそんなこと言うんだ。君は近ごろ、僕に対して怒っているね」

「怒ってない」

「いいや。怒ってる。ゾナチエのことだろう? まだ君は子ども時代のことで気分を害しているんだね。誰にだって一度や二度、失敗はあるよ。僕だって初めは大失敗した。君を傷つけて、ひどいことをした。だけど君はゆるしてくれたじゃないか。なのに、彼女のことはゆるさないのか?」

「もういい。彼女の話はしないでくれ」

「わからずや!」


 オスカーがゾナチエをかばうたびに、グレウスはもっといじわるをしてしまう。暗くて、じめじめした胸の痛みが、グレウスにそうさせるのだ。


(僕が女だったら、君は愛してくれたのか? ままごとの結婚式を本物にしてくれたろうか?)


 僕が女だったら……。

 でも、それはどんなに望んでも叶うことはない。


「母上。ごかげんはいかがですか? 少しはよくなりましたか?」


 夏の初め。

 庭はどの木も満開の花盛り。

 鳥たちは嬉しげにさえずっている。


 サイレン州はユイラのなかでも南よりとは言え、それほど暑くはない。おだやかな風土。さわやかな夏と、すごしやすい冬。


 しかし、そのころ暑気あたりとかで、母は自室にふせっていた。そばに置くのは、母に長年仕えた侍女だけだ。グレウスでさえ、あまり部屋に入れようとしない。あとから思えば、知られればグレウスの反対を受けると、女の勘でわかっていたからだ。


「今日は気分がいいわ。食欲も出てきました」


 とは言え、母はやつれて顔色が悪い。


「ほんとによろしいのですか? 典医を呼んだほうが……」

「まあ、心配してくれるのね。グレウス」


 心配?

 心配なのだろうか?

 母の不調を知って、自分は一度も願わなかっただろうか。いっそ、このまま死んでくれたら……と。


「むろん、心配ですよ。あなたは私のたった一人の母上ではありませんか」


 グレウスが頬にキスすると、母はなんだか少しくすぐったそうだ。


「ありがとう。グレウス。よい子ですね。わたしはしばらく休みます」

「ええ」


 母の病気がなんなのかわかったのは、およそひと月もたってからだ。

 ある日、食事の席を急に立ったエスリンが、食べたものを戻しているのを見て。


「エスリン。君は……」

「ごめんなさい。お見苦しいところを。近ごろ、なんだか調子が悪くて……」


 きっと、グレウスは青くなっていただろう。


「それは、君。つわりではないか?」


 オスカーとの不仲のため、エスリンとは何度か夫婦の交わりを持った。子どもができても不思議はない。


(まさか……母上も?)


 そうだとすると、エスリンよりひと月……いや、それ以上前の子だ。すでに四ヶ月もたっている。

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