その六



 そこまで草稿を書きあげたロンドは、しばらく文書室のすみで、ぼんやりしていた。

 おかげで気づかなかったのだが、窓ぎわの長卓のほうで声がする。


「これが治療室の名簿です。ここひと月のものです」

「これを見れば、ネズミの被害状況がひとめでわかるな」


 ワレスの声だ。

 ロンドはあわてふためいて草稿をひろいあげていく。

 ワレスとハシェドがならんですわり、スノウンの話を聞いている。


「名簿は持ちだし許可されておりません。ここで見ていってください」


 ていねいに頭をさげるスノウンに、ワレスがこう言っている。


「魔法使いにも、おまえのようなノーマルなやつもいるんだな。誰とは言わないが、雲泥の差だ」

「ありがとうございます」


 袖をかんで忍びより、ロンドはワレスの足にしがみついた。


「ひどいのですぅ。わたくしという者がありながらぁ……あっあっ」


 わッと叫んで、ワレスはロンドをふりはらおうとした。


「どこから、わいてでた!」

「イヤぁ、イヤぁ。すてないでぇ」


 やれやれと心語を発して、スノウンが去っていく。


《あとで名簿を受けとっておくのだぞ。ロンド》

「あーい」


《心語の呼びかけには心語で答える》

《あーい》


 頭をふりふり、スノウンは行ってしまう。

 ワレスが無念そうにそれをながめていた。


「ああ……おまえより、数段マシだったのに」

「イヤですぅ。わたくし以外の者と、そんなこと。いやらしい……」

「どこが!」


 ドンとけられて、ロンドは床にしゃがみこむ。


「ひどいィ……」


 ハシェドがあいだに割って入る。

「まあまあ、いいじゃないですか。ロンドだっていっしょうけんめいやってくれてるんですから。なぁ、ロンド?」


 嬉しくなって、ロンドは床に手をついた。

「ありがとうございます」


 ワレスが顔をしかめる。


「おまえはいつも、ハシェドには従順だな」

「いい人ですから」

「じゃあ、おれは?」


 ロンドはちょっと考えた。

「んん……かわいそうな人?」


 ばこっ。

 なぐられて、フードがずりおちる。


「痛いのですぅ」

「なんで、おれが、きさまに哀れまれなけりゃならん。このヘンタイ。クズ。ゴミ。金魚のフンのくさったやつ!」

「何もそこまでおっしゃらなくても……」


 よよよと泣きくずれると、ワレスはなおさら腹を立てた。ロンドは本気なのだが、泣きまねのように見えるらしい。


「気持ち悪いやつだ。あっちへ行け」

「わたくしだって、以前はみんなに好かれていたのですぅ」

「どこのもの好きが?」

「そんなことないですぅ。たいへんな美少年だったのですぅ」

「そんな年よりみたいな白髪で?」

「前は金髪だったのですぅ。あわいプラチナブロンドで……」

「じゃあ、どうして白くなったんだ?」

「毒を飲んだからですぅ」

「毒を飲んで、なぜ生きてる?」

「わかりませんぅ」


 ばこっ。


「痛い……」

「寝言は寝て言え」


 名簿を写しおえ、ワレスが立ちあがる。


「だって、ほんとなんです……」


 去っていくうしろ姿を、ロンドは見つめた。

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