三章

その四



「それにしても変ですね。いくらヤツらが夜行性だからって、こう被害が増えてるなら、相当数いるはずですよ。昼間にも、もっと見かけていいんですが」


 文書室の窓から前庭を見おろし、ハシェドが言った。

 長卓の席にすわるワレスが、これに答える。


「これだけ広い敷地だ。秘密の巣があるのだろうさ。まったく頭の痛いことだ」


 ロンドが頼まれた品を手に、二人のもとへ歩みよる。ペッタリひっつくと、ワレスがとびあがる。


「わっ!」

「ワレスさま」

「きさま。どうしてそう、おれの不意をつく」

「だってぇ、おそばによりたいのですぅ」

「離れろ。うっとうしい」

「そんなことをおっしゃるとぉ……さしあげません」


 ワレスが端麗なおもてをしかめる。


「おれがネズミにかじり殺されてもいいのか?」

「それは、イヤですぅ」

「じゃあ、おとなしくよこせ」


 ロンドの持つ袋を、ワレスがひったくる。


「ああ……」


 ほぞをかむロンドをよそに、ワレスは袋をふところに入れてしまった。


「猛毒ですから、気をつけてくださいねぇ」

「わかっている。こうネズミどもに部下を殺されては、たまったもんじゃないからな」


 ワレスの小隊のなかでも、ネズミの被害者が命を落としているのだ。罠を仕掛けて退治しようというのである。


 ハシェドが窓ぎわからやってくる。

「こんなにネズミが大発生したのは、おれが砦に来てから初めてですよ」

「そうだな」と、ワレスもうなずく。

「伯爵閣下もこのままなおざりにできぬと、真剣に乗りだすおつもりらしい」


 ロンドはビクリとした。

「伯爵さまが……」


 ワレスが言うのは、砦の城主コーマ伯爵のことだ。でも、ロンドには別の響きに聞こえた。



 ——このナイフはよく切れぬ。かわりを持ってまいれ。



「おじいさま……」


 ハシェドが不思議そうにたずねる。

「ロンド? 何か言ったかい?」

「いいえ。わたくし、なんにも言いませんです」

「そう? じゃあ、このあと罠を仕掛けるから」

「はあ」


 ロンドはふたたびワレスにしがみついて、けりとばされつつ二人を見送る。


《ロンド》


「はい?」


 誰かに呼ばれたような気がして、ふりかえる。しかし、そこには誰もいない。だだっ広い文書室に、やたら背の高い書棚がビッシリ本をつめてならんでいるだけだ。


「あら、なんでしょう? あれは」


 薄暗いすみっこに、わざと誰かが置いたように、一冊の本が落ちている。

 ロンドはそれを手にとると、無造作に棚に押しこんだ。

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