ロンドの草稿 その三 1
ドラマーレ伯爵家の呪い。
それは狂気でした。
子どものうちはまともですが、二十歳をすぎるころから、しだいに言動が怪しくなり、そして、おおむね自殺してしまうのです。原因はわかりませんが、あきらかに血族にあらわれる特徴です。
セイレーン姫の呪いであると言われていました。一族の始祖となった神聖騎士ヴォルギウスが、セイレーン族の姫に一目惚れし、さらって妻にしたからだとか。
セイレーン族というのは、あまりに美しい歌声で、聞く者の心を自在にあやつったと言われる魔物の一種です。
これはまあ、ユイラの古い家柄ならどこの家にもある、神話からとった伝説のようなものです。
じっさいのところは、たまたまドラマーレの人々は、気質的に破綻しやすい、感情の起伏の激しい一族だったのでしょう。
しかし、アメリータ叔母は十八で、母のその他の二人の妹もそれぞれ二十代で自殺。
祖父にも大勢、姉妹がいましたが、ほとんどは自分で自分を抹殺し、なかには殺しあって亡くなったかたもいたようです。
一族の歴史のなかで、何度もくりかえされてきた事実でした。ただのぐうぜんではなく、歴然とした事実です。
グレウスは夜の塔の屋上で、そのことをオスカーに語ってきかせました。
「ひいおじいさまの父上は、午後のお茶を飲んでいる最中に、とつぜん、その場にいた奥方と自分の娘たちを手打ちにして、自害なさったのだそうだ。ひいおじいさまがかけつけたときには、あたりは血の海だったとか。どうだい? もっと聞きたいかい?」
「もういいよ」
オスカーは泣きだしそうです。
それを見ると、グレウスはいっそう意地悪をしてやりたくなりました。
「ぼくの母を見てごらん。もう時間の問題だ。いずれ君の母上だって、そうなるんだ。君や、ぼくだってね」
「やめてくれよ!」
「ああ、いいよ。ぼくらは仲なおりしに、ここへ来たんだからね」
「グレウス……」
グレウスはロウソクの火をふきけしました。真っ暗闇で、屋上と階段をつなぐ出入口の扉へ急ぎます。
「グレウス! どこへ行くんだ」
「来るな! ぼくにゆるしてもらいたいなら、君は一晩、ここですごすんだ。明日の朝、ぼくが来たとき、君がいたら、ゆるしてあげる」
星明かりでも、オスカーがこわばるのがわかります。
「グレウス!」
「おやすみ。よい夢を」
グレウスはオスカーを残して、階段をかけおりました。暗闇で何度かころびそうになりましたが、いっきに一階までおりると、激しく息がはずんでいました。
(どうせ、すぐ逃げ帰るさ)
人が飛びおりたという塔で、誰が夜をすごせるでしょうか。
グレウスはわざと、かんぬきをかけずに帰りました。
これでオスカーは遊び相手を放棄して、ドラマーレの城を去っていくに違いありません。
グレウスはそう確信していました。
(ぼくは何をやってるんだ。友達が欲しかったんじゃないのか? だから女の子のかっこうまでして、姉上たちにジャマされないようにしたのに、これじゃ姉上たちと同じだ)
ベッドに入ると、しぜんに涙がこぼれてきます。でも、しかたなかったのです。
(ぼくは同情なんていらない。ぼくがかわいそうな子だからって、ムリして友達になってくれなくても)
翌朝、グレウスはオスカーを迎えにいきませんでした。あのあとすぐに逃げだしていると、頭から決めてかかっていたからです。
だから、朝食のあと優しそうなル・アーニ男爵夫妻に呼びとめられたときには、とてもおどろきました。
「グレウスさま。オスカーがどこにいるのかご存じありませんか? 寝室にはおりませんでした。寝台に眠ったあとがないようなのです」
「まさか」と言ってから、グレウスはあわてました。帰っていないということは、オスカーはまだあの場所にいるのです。
早々に食堂をとびだし、塔へかけこみました。
オスカーは屋上の扉のすぐそばで眠っていました。きっと夜明けまで眠れなかったに違いありません。じつに気持ちよさそうで、ゆさぶってもなかなか起きてきません。
「オスカー。おい、オスカーったら」
「誰? 眠いんだよ。起こさないで……」
ブツブツ言ってから、やっと頭がハッキリしてきたらしい。
「あれ? グレウス……えーと——ああ、そうか。ほらね、ぼく、約束を守ったよ」
オスカーは片手をさしだしてきました。
「だから、ほら、仲なおり」
そう言って笑ったオスカーに、グレウスは胸を打たれました。
(約束も何も、あれはただの、ぼくの意地悪だったのに……)
オスカーはグレウスを信じて待っていた。それは驚愕に値する。
「グレウス? ほら、仲なおりだよ」
「う……うん」
握手して、二人で塔を出ました。
「オスカーや。グレウスさまの寝室にいたのですって?」
「ええ、母上。ぼくたち、仲よしなんです」
オスカーは両親にも、自分がグレウスとケンカしていることを告げていなかったのです。
あの日から、グレウスはオスカーに弱いのです。
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