その三
翌日は通常任務。
つまり、たいしてやることもなく、文書室のなかをウロウロするのだ。
古い文書は読みほうだい。自由時間はたっぷりで、勉強中の魔法使いには嬉しいかぎりだ。
その日、ロンドはやたらに広い文書室のすみっこで、
ダグラムは外見は十五、六の少女だが、実年齢は推定で五十前後。腕のいい魔術師は体内時間を自在にあやつることができるので、見ためどおりの年とはかぎらない。
ダグラムは実力的には、とっくに地下に入っているはずなのだが、後任の育成と指導のため司書長をつとめている。
彼女に目をつけられているロンドとしては、息苦しくてしかたない。
「むりやり姉たちに女の子の服を着せられたグレウスは、いやいや園遊会に……って、あら、あの人の匂いがする」
フードの下で鼻をくんくんさせていたロンドは、あわてて反古紙をひとまとめにして戸口へむかった。
「いらっしゃーい」
ちょうど扉がひらいたところにまにあった。入ってきたばかりのワレスの首にしがみつく。
いつもながら、ワレスはハンサムだ。ただのハンサムではない。このくらい
ユイラ人らしく優美な体つきだが、背は高く(と言っても大柄な外国人ほどではない)、軍人らしいきびきびした態度が、彼の冷たい印象の美貌をいやがうえにもひきたてる。
その完璧な造作は外国人には女性的なのだろうが、同じユイラ人のロンドから見れば、充分に男らしい。
輝くブロンドもまぶしく、きわめつけは、失われた古代の魔力を宿すという、独特の鏡のような青い瞳が、蜘蛛の巣のように視線をからめとって放さない。不思議な磁力のようなきらめきを持っていた。
「あああ、愛しておりますぅ……」
抱きついていると、ワレスの体から発するするどい精気が体内に流れこんできて、気持ちいい。
「やめろ」
荒っぽくつきはなされて、ロンドは床にへばった。
でも、彼のそういうところも好き。光をはじきかえす青い瞳を見ていると、誰かを思いだす。昔、彼にとてもよく似た人を知っていた。横柄で、誇り高く、つねに誰かに狙われているように神経をとがらせて。
(ずっとそれじゃあ、いつか壊れてしまいますよ)
彼の心は、いつも悲しい波長をしている。
「毎度のことだが気味の悪いやつだ。あっちへ行ってろ」
「今日はしらべものですか? それとも、いつもの……」
「そう。読み書きの練習だ。お前に用はない」
読み書きの練習と言っても、ワレス自身がするのではない。読み書きが苦手な部下に、古い文書を使って、ワレスが教えているのだ。しっしっと犬を追い払う手つきをする。
そのあとから入ってきたのは、褐色の肌のブラゴール人とユイラ人のハーフ、ハシェド分隊長。ワレスの右腕だ。
ロンドはなぜか、ハシェド分隊長には逆らえない。おだやかな陽だまりのような笑顔を見ると、無条件にしたがってしまう。
「おジャマするよ。ロンド」
「はーい。どうぞ。お茶でもお出ししましょうか?」
ロンドの言葉に二人が苦い顔をするのは、以前に出した魔術師用の薬茶が、よほど口にあわなかったのだろう。
「いいから、あっちへ行け」
あくまで、ワレスはそっけない。
「くう……やるせない」
ロンドがフードのすきまから袖を入れてかんでいると、ワレスにつきとばされて散らばった反古紙を、ハシェドがひろってくれた。
「ロンドも勉強かい?」
「いえ。これは急に思いつきまして、物語を書いております。そしたら、すらすら筆が進みましてね。わたくしったら天才かしら?」
「おまえの書く話なんて、どうせ、白髪の魔術師が主役の吐き気がするようなエログロのやつだろ?」と、ワレス。
ロンドはしょんぼりした。と言ってもフードをかぶっているので、ワレスたちはロンドの表情に気づいてくれないのだが。
「そんなことありませんぅ。悲しいお話ですぅ……」
「どうでもいいから、行くぞ。ハシェド」
ワレスはさっさと明るい窓辺へ歩いていった。
「すまないね。ロンド。おれがもう少しユイラ語が得意になったら、読ませてもらうよ」
「はあ……」
しゃがみこんで二人を見送りつつ、ロンドは考えた。
あなたがそうおっしゃるなら、わたくし、がんばってみようかしら?
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