No.02:貧乏くさい食べ方


 牛丼が出てくるあいだに、俺はオヤジの牛丼の食べ方の話をした。

 オヤジとはたまに一緒に牛丼を食べに来る。


 ただその牛丼の食べ方が、完全にダメ人間の食べ方なのだ。


 オヤジは必ず、つゆだくの牛丼とビールを注文する。

 そして牛丼の上の肉だけをつまみにしながら、ビールを飲む。

 当然ドンブリには、白米だけが残る。


 その白米の上に大量の紅ショウガをのせ、七味唐辛子をかける。

 そして「熱いのちょうだい」と言って、お茶のおかわりをする。

 そのお茶を上からかけて、お茶漬けにしてシメるのだ。


 俺は「恥ずかしいからやめてくれ」と何度か言った。

 なんでそんな貧乏くさい食べ方をするのかと、聞いたことがある。

 すると、これが一番コストパフォーマンスが高い食べ方だと言い切りやがった。


 確かにオヤジは会社でリストラにあって、給料も少ない。

 そしてその少ない給料の中から、生活費を出してくれている。

 それを思うと、なかなか強くは言えないのだ。


 それを聞いたひなが、「なにそれー。面白そうじゃん。私もやってみよ」と言い出した。


「JKがやるもんじゃないぞ」


「まあまあ。何事も経験だよー」

 ひなは意に介さない。


 注文したものが運ばれてきた。

 俺たちは食べ始めた。


「うん……安定の味だね」


「そうだな」


 慎吾と俺の感想だ。

 可もなく不可もなく……まあ吉松屋の牛丼の味だ。


 横を見ると、雪奈は普通に食べている。

 竜泉寺は、あまり進んでいないようだ。


 ひなは……俺はまたあのパフェの勢いを思い出した。

 小柄な体躯でワシワシと超特盛を食べている。


 ちょうどその時、工事現場から来たと思われるオッチャンたち入ってきて、俺たちの向かい側に座った。

 オッチャンたちの視線は、ひなの食べっぷり集中した。

 ひなの体とドンブリの大きさが、アンバランスだからだろう。


「あーそうだった、お米を残さなきゃね」


 放っておいたら、全部一気に食べそうな勢いだった。

 白米を半分ぐらい残して、ひなは紅しょうがを入れ始めた。

 向かい側の席から、熱い視線を浴びている。


「おい、ひな。入れ過ぎじゃないのか?」


「大丈夫大丈夫。これぐらい入れないとね」


 上から七味唐辛子をかけながら、「すいませーん、熱いお茶くださーい。あとレンゲも」と店員さんにお願いした。


 ひなは店員さんからもらったお茶をドンブリに入れ、レンゲでわっさわっさと食べ始めた。

 ドンブリが大きすぎて片手で持てないから、レンゲは必要だろう。


 お腹が空いていたというのは本当だったようだ。

 あっという間にドンブリの中を空にして、両手で持って最後の汁まで飲み干した。


「ごちそうさまー。美味しかったー」


 そう言うと、向かい側の席から拍手が起こった。


「おねーちゃん、ちっこいのにいい食べっぷりだねぇ。見ていて気持ちがいいわ」


 オッチャンの一人にそう言われて、ひなはニコニコと笑っている。

 こういう時にひなは物怖じしないから、本当に得な性格だと思う。


 お金を払って、俺たちは外に出た。

 雪奈は、「思ったより美味しかった。あれであの値段なんて信じられない」との感想らしい。

 葵は、「ごめん、ウチはあかんわ。あれは肉と呼べるもんやない」だそうだ。

 まあ竜泉寺グループのお嬢様に食べさせるものではなかったかもしれない。


 その時、俺のスマホが鳴った。

 長い呼び出し音。音声通話だ。


 表示を見ると、「大山春樹」。

 噂をすれば、そのオヤジからだ。

 こんな時間に?

 俺は嫌な予感がした。


「もしもし?」


「おー浩介か。悪いんだけどさ……」


 しばらくオヤジの話を聞いて、相槌を打っていたが……


「なんだって!」


 俺の大声が、あたりに響いた。

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