第143話 妹は彼氏とも甘えたい。
マンションの重たそうな金属のドアの開く音がして数秒後。
リビングに大層お疲れの様子の妹様がお帰りになられた。
まだしっとりと濡れた髪の毛は何だか艶っぽさを感じないこともない。
「お兄ちゃん、ただいま~」
「あ、おかえり。今日は少し早めなんだね」
「そう? でも、もう6時なんだから十分泳いできたと思うよ~」
「あはは、それはお疲れ様でした。荷物を置いて、手を洗っておいでよ。今日、アミュンザに行ってきたから、おみやげにヒロヤのシュークリーム買ってきてあるから」
「マジ!? すぐやってくる!」
楓はリビングから駆けだすように自室に向かった。
入れ替わるように遊里さんが入ってくる。
さっきまでボクの部屋で今日、購入した服を色々と選別していたみたいだ。
片手には紙袋を一袋持っている。
「あれ? 楓ちゃんは?」
「今、服着替えに行ってる。シュークリーム食べたいようだから、もうすぐ戻ってくると思うよ」
「あ、そうなんだ」
何とも気のない返事。
ただ、声のトーンからするとそんな怒っているようではなさそうだ。
「どうしたの、その袋?」
「うーん。さっき、全部もう一度試着してみたんだけれどね。いくつかの服が私には合わない感じがしてさぁ~」
よくある話だ。
お店で見ると照明とかも明るく試着してみるとすごく似合っているように見えても、家に帰ってきて、自分の住んでいる住環境で着てみると、かなり印象が違うというあれだ。
でも、袋1つ分ってことは、残り3つ分はいけたということなのだろうか。
「お兄ちゃん、シュークリーム頂戴! あ、遊里先輩、ただいまです」
「あ、楓ちゃん! おかえり~」
遊里さんははにかんだ笑顔で、手を振る。
ボクは冷蔵庫の中かからシュークリームの入った箱を取り出して、リビングに持っていく。
「楓ちゃん、今日ね、アミュンザで服を買ったんだけど、どうも私の感じと違うから、着てくれないかな~?」
「え? これ、遊里先輩が普段から着ているブランドの服ですよね! いいんですか!? 結構、良い値段するじゃないですか、ここの服!」
「まあ、そうなんだけど、今日はちょっと案件みたいなもんでさぁ~、破格で購入できたのよ」
「じゃあ、喜んでいただきます!」
「この紙袋の全部あげる♪」
「あ、このワンピース、実は夏用に欲しかったやつなんですよ! え、このロングスカートなんか、秋物だし着れそうなのにいいんですか?」
楓は袋から取り出す服ひとつひとつに反応して興奮している。
顔が少し赤くなっているのは興奮しているからだろう。
だって、いきなりの臨時ボーナスが入ったようなものだ。
しかも、その金額が悠に万を超えるような金額の商品なのだから。
「ほ、本当にありがとうございます! あ~、これで夏休みに水泳部で出かけるときも恥ずかしい思いをしなくて済むわぁ~」
楓は綻んだ笑顔で紙袋を抱きしめていた。
女の子ってやっぱり服装にもこだわるんだなぁ…とボクも感じた。
それに楓は身長も遊里さんと同じくらいで若干胸のサイズが劣るものの、もう中学生といった感じではないのも服装選びを厄介にさせている理由の一つだったようだ。
「で、でも、待ってください…。何だかおいしい話には裏があるなんてよく言いますけど…。裏があったりします?」
喜んでいた表情を真顔に戻し、ボクら二人をじっと見てくる楓。
まあ、そのつもりはなかったけれど、伝えなくてはいけないことが一件あると言えばある…。
遊里さんは床に腰を下ろし、机の上に出しておいたシュークリームを食べ始めながら、
「うーん、まあ、裏がないわけではないんだけどね…」
「え…。何かあるんですか!?」
少しびびりはじめる楓。
それに対して、遊里さんは手をヒラヒラと振りつつ、
「そんな怖い話じゃないって…。来週の土日に私と隼の二人で温泉旅行に行くことになったの」
「あ、そうなんですか…。それは…て、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
楓が思わず紙袋を手放してしまいそうになる。
ちょっと目が泳いでいて動揺が伝わってくる。
「ど、どうしてなの、お兄ちゃん!? 夏休みはいつも遊里先輩にそそのかされて、ついに恋の奴隷にでも堕ちてしまったの!?」
「いや、そんなわけないから…」
「てか、楓ちゃん、私のことなんだと思ってんの?」
明らかに不満そうな遊里さんをボクは制止しつつ、
「あ~、伝えるのが遅くなってごめんね…。実はボクも今日知ったんだけど、遊里のお母さんが福引で温泉旅館のペア宿泊券を当てたらしいんだけど、旦那さんは単身赴任中だし、一緒に行けないから、ボクらで行って来たらって提案になったの」
「え~~~、だってこの夏はお兄ちゃんの優しさにあんまり触れさせてもらえてないんだけれど…」
やっぱりその不満が付きまとうのか…。
ボクはある程度予想していた楓の反応に冷静に対応する。
「それは本当にゴメン…。この夏は、遊里と同棲した場合のことを想定しているところもあって、兄として優しく出来てない部分があるのは本当に謝る。でもね、もしも大学に行ったら、その辺も考えて生活しないといけないのは事実だから…」
「ま、まあ、そうなんだけれども…。でも、お兄ちゃんに頼りまくっていた私にとってはなかなかの仕打ちだと思うよ?」
ああ、そんな涙目にならないで欲しい…。
心が揺らぎそう…。
チラリとボクは遊里さんの方を見ると、厳しい視線でボクをじっと見ている。
うう…。甘えはダメなのか…。
「もちろん、それも分かっている。そこで少し相談なんだけど、瑞希くんの家にお泊まりとかさせてもらないのかな? 先週の土日はお泊まりで宿題をやっていたじゃないか。あんな感じで…」
「ええっ!? 今から? アイツもそんな暇人じゃないと思うんだけど…」
そう言って、楓はスマホを手にリビングから出て行った。
廊下から声が聞こえるから、廊下で電話をしてくれているらしい。
5分ほど待ったのち、楓が帰ってきた。
が、なぜかほんのりと顔を赤らめているのが不自然だった。
「で、どうだった?」
「え…全然良いって。それどころか、夏はずっと瑞希の家でお世話になることになっちゃった…」
………………。
それはどういうことだろうか…。
「あ、あのね…。何だか瑞希、私がいないと寂しいとか言い出しちゃって…。ほら、ウチにいても遊里さんとお兄ちゃんはイチャイチャしにくいだろうから、私、瑞希の家に夏休みは同棲することにしちゃった」
「ええっ!? それはそれで急展開ね…。中学生なのになかなか二人とも行動力あるわね…」
「いや、そういう問題じゃないような…」
遊里さんは真顔で楓の方を見ると、
「楓ちゃん…」
「は、はい…」
「大会も近いんだから、エッチばかりしてちゃダメよ」
「う……。だ、大丈夫ですよ…。腰に悪いんだから、そんなにしません」
あー、やることは前提なんですね…。
そこのお二人さん、エッチに関する感覚は確実にズレてるよね…。
結局、ボクらの旅行は安心して行けるようにはなった。
ただ、別の問題で何か不安な様相を残すことになったのだけれど…。
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