第126話 裁きの鉄槌。

 瑞希くんの発言に視聴覚室は静まり返る。

 進行役の馬場さんも愛想笑いをするだけだ。

 重い空気が続く―――。

 すると、そこに噛みつくように一人の男が立ち上がる。


「発言してもいいですか~?」

「あ、関口くん? ど、どうぞ!」


 関口と言われる人物はセンター分けの髪形に眼鏡を掛けている。

 所謂、見た目は物凄く真面目タイプといった感じだ。

 けれど、なんだろう。この人からすごく不穏な空気が漂っている。


「確か、君は中等部の生徒会長の橘花くんだったね?」


 瑞希くんは、コクリと無言で頷く。


「必要経費を各学部で負担することに何も問題ないと思うし、大学側は芸能人を招くための交渉を行っているし、それにギャラの支払いも行っている。それを差し引けば、小中高が支払っている金額が格安であることは明確だと思うよ。それよりも何か? 芸能人を招くのに、警備を少なくしてやれというのかい?」


 なかなかねちっこい喋り方をする人だな…。

 あれ、人に嫌われたりしないのかね?

 隣の遊里さんは汚いものを見るような目線を送っている。

 瑞希くんは「ふうっ」と息を吐き出すと、


「関口先輩、とお呼びした方が良いですかね? おっしゃりたいことはそれだけですか?」

「何だと?」


 関口の顔が若干顔を歪める。


「この経費とあとという名目で昨年のものは計上されています。どうやら、昨年の実行委員の方のミスなんでしょうね…。それまでの数年間は、などの項目で上がっていましたがね…。そもそも接待とは何をされていたんでしょうか…。まさか、大学生と芸能事務所が一緒に食事をして、その代金を協賛企業からのカンパや生徒たちから徴収した文化活動費からされていたということでしょうか…? 楓、あれを」

「あ、はい。この資料です」


 楓は自分の鞄の中からクリアファイルの一つを取り出し、


「これは昨年までのここ数年間の使用した決算書になります。誰も何も思わずに決算が流れていたということに大きな問題を感じますが、さすがにこの警備費、高すぎませんか?」

「そう思うか? だいたい、そんなもんだろう…」


 関口はフンッと鼻で笑うと、


「いいえ、高すぎますよ」

「どうしてそう思う? そもそも警備費用も芸能事務所からの提出されてきたものを割り振っているし、何ら問題ないだろう?」

「これは芸能事務所が出してきた見積もり通りなんですね?」


 瑞希くんは確認するように関口に確認する。

 関口は自信ありげに「ああ!」と頷く。

 その言葉を待っていたかのように、楓の方を向く。

 楓はノータイムで新しいクリアファイルを渡す。

 その中から出されたファイルを、関口の方に突き出す。

 当然、彼らの間には距離があるので、文字を見ることができないので、関口にとっては何の書類か分からない?


「その書類は何なんだ?」

「ここ5年間、学園に招いている芸能プロダクションは、G2プロが2年間、遊学舎が1年、エリプロが2年間に依頼していますよね? それぞれ、確かドラマなどで旬になった俳優や女優などがトークショーであったり歌を歌ったりしていますよね。だからかもしれませんが、ウチの学園の文化祭のショーはすごく人気ですよね」

「だから、何が言いたい?」


 関口が瑞希くんを見ながら、首を傾げる。


「この書類は、事務所側に残っていた見積書です。俺がお願いしたら、快く出してくれました。やっぱり普段からの付き合いって大事ですね。この書類によると、警備費用は事務所が持ってくれていますよ」


 瑞希くんの発言に視聴覚室がざわつく。

 遊里さんも「え? どういうことなの?」とボクを見てくる。

 入山先生はというと、「ほぅ…」と腕組みしながら瑞希くんを見ている。


「じゃあ、小中高で支払われている警備費とは、何なのか? 先輩なら分かっていますよね。宴会費用であることくらい…」

「し、知らない。そもそもその書類が本当に芸能プロダクションから発行されたものなのか証明されているものか?」

「疑り深い人ですね…。そんなに宴会費用が欲しいですか?」


 周囲の大学生たちも若干、立場が悪くなってきているように思える。


「そもそもG2プロ、遊学舎、エリプロは橘花財閥うちとつながりがある事務所なんで、俺は社長さんとも仲がいいですから。だから、ウソを付くことはないと思いますよ。ウソ何か付いたら、ウチから大きな案件が無くなってしまいますからね。さすがにそれはないと思いますよ。だから、これからはこの警備費という項目を無くし、芸能プロダクションへのギャラの一部を小中高大で振り分けるということにしようと思います。また、このギャラに関しても、各芸能プロダクションの社長さんと話をしたんですけれど、定額5万円で今後10年間はOKということを了承いただきました。この書類がその覚書です」


 と、さらりと言って書類を出す瑞希くん。

 ちょっと待って、彼、外での交渉能力高すぎないか!?

 今をときめく芸能人を呼ぶのに、5万出すだけで良いって安すぎるでしょ!?

 そこでボクは気づいた。

 橘花財閥の中での立ち位置を――。

 凜華さんは経営などのブレーン的な存在で、すでに手腕を発揮している。

 しかし、どうして安心してブレーンとしていられるか。

 それは瑞希くんという強力な交渉能力を持つ人間を持っているからなのだ…。

 橘花財閥は次の代も安泰であることを証明する形になった。


「さて、この覚書、ここの皆さんでご賛同が頂けるようでしたら、この会合の後すぐに各芸能事務所にお願いしようと思います。また、これまでのギャラとして大学側で支払っていた50万円分も勿体ないのですが、今回、大学部側はすでに20万円分を用意されていますので、こちらで、芸能プロダクション3社から芸能人をお呼びして、芸能プロダクションの垣根を超えたトークショーが出来ればと思いますが、どうでしょう? 残りの5万円分は司会者費用にしましょうかね…。どうでしょう?」

「もちろん、その案に賛成多数であることが必要だがな」


 入山先生が瑞希くんの方を見ながら、そう言い切る。

 そして、司会者の方に向き直ると、


「ねえ、馬場くん、この場で今のことに関して賛否を問おう。時間的にもちょうどいい頃合いだしな…。私も昼からは高校でだらしない2年生の補習授業があるから、そろそろ終わりにしたいしな…」

「わ、分かりました」


 馬場さん、冷や汗がヤバそうですけれど…。


「先ほど提案された変更内容に関して、賛成の方はご起立願います!」


 小中高の多くの生徒が立ち上がる。

 もちろん、ボクと遊里さん、さゆりさんも立ち上がる。

 関口は何も行動できない状態になっていて、起立と捉えられている。

 他の大学生たちの中には、宴会がなくなったことに反発しているのか、座ったままの者もいるが、賛意を示している大学生の方が多いように思える。

 当然、賛成多数でこの予算の変更案は採用された。


「ありがとうございます」


 瑞希くんは深々と礼をして、席に着席する。

 いつの間にか時計の針は12時を差していた。


「では、解散したいと思います。次回会合は来週実施いたします! 今度は本部実施の内容と各小中高大で実施する内容に関しての相談を行います。では、解散といたします」


 その宣言とともに多くの生徒たちが視聴覚室から出て行く。

 ボクと遊里さんとさゆりさんは動こうとしない関口をチラリとみている。

 瑞希くんが楓と一緒に、関口の横を無表情で通過する。


「どうして…お前が…邪魔をするんだ……」


 関口は吐き捨てるように、瑞希くんに言葉を叩きつける。


「邪魔? はき違えないでください。俺は当たり前のことをしただけです。コストカットが必要なんですから、固定費から引き下げるのは当然でしょう?」

「なぜ、お前がそこまでやろうとするんだ……」

「は? そんなの当り前じゃないですか…。橘花財閥も学園の文化祭に多額の資金を提供しているからですよ! 無駄なお金は一銭たりとも無い! 無駄に使うものに鉄槌が下されるのは当たり前のことだ!」


 普段は大きな声を出すような感じではない瑞希くんが関口の座っていた場所の机を殴り、言い放った。

 その勢いに負けた関口は逃げるように視聴覚室から去っていった。


「何だかんだいっても、やっぱり瑞希くんも橘花財閥の血を引くものなのね…」


 遊里さんはボソリとそうつぶやいた。

 ボクはそれに静かにうなずくのであった。





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