第105話 私だって嫉妬くらいする。

 私は黒髪を撫でられて、少し彼にもたれかかる。

 彼は嫌そうにせず、私の髪の毛に顔を近づけ、クンクンと犬のように匂いを嗅ぐ。


「いい匂いだね…」

「もう、止めてよ。恥ずかしいじゃない…」

「匂われることが? それとも撫でられることが?」

「どっちも……」

「じゃあ、止める?」

「あ、いや、もう少しこのままでいたい…」


 私は同じ姿勢を少しつづけた。

 瑞希の温もりを感じれるこの姿勢を。


「熱くないのか?」

「うん。大丈夫…。最近、テスト勉強ばかりで会えてなかったから、こういう時間が欲しかったの…」

「そうか…」


 私は頭を撫で続けられて、少しずつ気持ちが高ぶり始める。

 キスくらい…しても大丈夫かな…。

 私は顔を上げると目の前には表情をあまり出さない瑞希の顔。

 そのまま私は顔を近づけていく。

 瑞希は私のしようとしていることを分かっているのか、そのまま微動だにせず受け入れようとしている。

 私の唇と瑞希の唇は触れ合おうとする。

 ガチャ…、バタン…

 突如、家の玄関の開いて閉じる音が聞こえ、私は正気に戻ってしまう。


(ちょ、ちょっと…。私ってば何、勝手に舞い上がって自分からキスしようとしてたのよ…)


 これまでは、キスはいつも瑞希からしてきてたのに、急に私ってば何でして欲しがり屋さんになってんの!?

 私は外のことが気になるのと同時に恥ずかしさのあまり、瑞希から離れてドアを開ける。

 廊下には白のワンピース姿にトートバッグを肩から掛けた遊里先輩がいた。


「あ、楓ちゃん、こんにちは~。分からない課題があるからお兄さんをちょっとばかりお借りするね」


 その屈託のない笑顔に私は「どうぞ…」とだけ答える。

 後ろから瑞希が顔を出す。


「あれ? 今日は瑞希くんも一緒なんだ」

「俺のこと知ってるんですか?」


 おずおずと話かける瑞希。

 出たな、コミュ障め。


「うん、知ってるよ~。だって凜華の弟さんじゃない。いつもお姉ちゃんにお世話になってます」

「もしかして、遊里さんですか?」

「あ、うん。そうだよ! お姉ちゃんから聞いたりしてる?」

「いえ、あまり姉貴の交友関係には口を出さないようにしているので、名前しか聞いていません。あ、あの、ポスターの方ですよね?」

「ゔ…。そ、そうね…。あれで変に有名になってしまったよ…」


 とはいえ、今日はマンションの上から降りてくるだけだから、メガネも掛けていなければ、髪もポニーテールにはしていない。

 くそっ! 今日も、いつも通り可愛い。

 お兄ちゃんには勿体ないくらい可愛い彼女さんだ。

 て、何で瑞希もちょっと恥ずかしがってるの?


「まあ、今日は二人で勉強するんでしょ?」

「あ、はい。そうなんですよ」

「楓ちゃんも週明けからは水泳で忙しいもんねぇ…。まあ、頑張ってね!」

「ありがとうございます」

「じゃあ、私も隼の部屋で勉強してるから…。さっさと終わらせないと夏休みを満喫することができないもんね!」


 そういうと、お兄ちゃんの部屋に入っていった。

 本当に勉強だけで終わるかどうか分からないけれど、まあ、課題が出ているのは事実だし、午前中は課題をやるのに忙しいだろうから、心配する必要もないか…。

 私はそう思いながら、瑞希の首根っこを摑んで、ドアを閉める。


「ねえ、遊里先輩を見て、何でちょっと恥ずかしがってたのよ」

「な、何だよ…。急に。別に深い意味はないよ。単に美人だったから驚いただけだよ。そ、それに初対面でも関係なく話しかけてきたし」

「まあ、あの人は陽キャだからね」


 私はちょっと冷たくあしらう様に答える。


「なんだよ…。急に冷たい対応しやがって…」

「な!? 何でもないわよ!」


 いや、ちょっとあったかも。

 遊里さんに一瞬でも心を持っていかれそうになった瑞希に対して妬いているのかも。

 私は「はぁ…」とため息をついて、ローテーブルのもとへ戻ろうとする。

 別に瑞希の気持ちなんて深読みしなくてもいいのに…。

 すると、私は急にギュッと抱きしめられた。

 ドキン……


(な、何なの!? どうして急に後ろから抱きしめられてんのよ…)


 私はドキドキと鼓動が早くなってしまう。

 抱きしめられて私は耳まで赤くなってしまう。

 期待をしたわけじゃない。いや、期待していたのかもしれない。

 さっきの続きを—————。

 私はすっと振り返ると、


「嫉妬させてごめんね。でも、さっきも言ったように俺は楓のことしか見てないから…」

「も、もう…、ズルいわよ! そんなの……」


 私はそのまま瑞希に吸い寄せられるように、唇を重ねる。

 んちゅ…くちゅくちゅ…

 久しぶりのキス———。

 瑞希が私をさらに深く抱き寄せ、舌を絡ませてくる。

 お互いが久しぶりのキスに酔いしれてしまう。

 ちゅぱ…くちゅ……

 唾液が絡まる音だけが静かな自室に聞こえる。


(ヤバいかも…。私、気持ちがたかぶっちゃう…)


 お互いキスは学校の生徒会室で何度もした。

 そのたびにお互いのキスが上手くなっていくような気がした。

 でも、こんなに長い時間してもらうことはない。

 あくまでも学校だから、誰かが入ってきたらアウトだから、短めのキスしかしない。

 過去にエッチをして、茜ちゃんに見られてしまったこともあるから…。

 用心には用心をして、キスをしていた。

 でも、ここは自室。

 お兄ちゃんにも入ってこないで、と伝えてあるから、気にすることもない。

 ちゅぱ…と唇を離すと、トロリと私の気持ちは蕩けていた。


「俺は楓を離したくない…。今の俺の気持ちを支えているのは、楓がいるからだから…」

「何だか、重っ!」

「いいだろ…。好きなことには違いないんだから…」


 そういうと再び、瑞希は私の唇と重ねあう。


(ああっ…。もう、瑞希ったら…。しゅきがいっぱいな気持ちになっちゃうじゃないの…)


 舌を絡められるたびにキュンキュンとしてしまう。

 もう、本当に私ってダメだな……。




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作品をお読みいただきありがとうございます!

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