第2話 私のお姉ちゃんに近づかないで!
千早は智也と楓の「別れさせ屋」になる事を決意していた。
(こうなったら、無理やりにでもこいつとお姉ちゃんを別れさせなければ。でもそんな事ここじゃ絶対言えないな。なんかお姉ちゃんとずいぶん仲良さそうだったし。それに喫茶店とかレストランでも周りに聞かれたら困る。う~んどうしよう)
千早は途方に暮れていた。すると……
電話が鳴った。智也と楓は会話に夢中なのか気づいていないみたいだ。千早は電話に出た。
この頃はまだ携帯電話がなく、固定電話で話すしか手段がなかったのだ。
電話の相手は平野友和だった。彼は千早の彼氏である。
千早はバイであると同時に、ポリアモリーでもあった。
ポリアモリーとは、関係者全員の合意を得たうえで、複数の人と恋愛関係を結ぶ恋愛スタイルの事だ。LGBTには収まり切れないセクシャルマイノリティである。
千早は自分がバイである事、本命が実の姉だと言う事を、友和にカミングアウトした上で付き合っていた。
「友和、ちょうど良かった。ちょっと相談があるんだけど」
「何だい?」
「今さ、お姉ちゃんの彼氏が来てる」
「へー」
「でさ、前に話したでしょ。そいつのせいでお姉ちゃんがダメな人になったんだ。だから別れさせたいんだけど、すごく仲良さそうだから家じゃそんな話出来なくてさ、サテンとかファミレスでも無理だし。どうしよっか」
「そしたら大井川の河川敷あたりはどうかな。今の時間なら人通りも少ないし。何なら俺がボディガードしようか?」
「助かるよ。ぜひお願い」
友和の家は千早の家のすぐ近くだ。千早の家につくと間もなく、智也が家を出た。
「行くよ友和」
「ちょっといいですか?」
千早は智也に呼び掛けた。
「お話があります。少し付き合ってください」
千早は、智也に実家から少し離れた所を流れている、大井川の河川敷まで付いてくるように言った。
大井川へ行くには千早の実家から東海道線の線路を超えて、更に南へ行かなければならない。
河川敷に着くと千早は友和に言った。
「あなたはあっちで待ってて」
すると友和はかなり離れた所まで歩いて行った。何かあればいつでも千早達の所まで来られるくらいの距離である。彼は長身で体格もいい。おそらくケンカになれば智也を一方的に叩きのめしてくれる事は間違いない。
「彼は友和。私のボディガード。これからすごく言いにくい事を言うからね」
千早は智也にそう伝えてから、いよいよ本題に入る。
「単刀直入に言います。智也さん、申し訳ないけどお姉ちゃんと別れて。もうお姉ちゃんに近づかないで下さい」
「それは出来ない。楓の事大好きなんだ。君にも認めて欲しい」
「嫌です。お姉ちゃん前はあんな人じゃなかった。夜遊びしたりあんな変なビデオに出たり。さっきだって真昼間から本当にいやらしい……あなたのせいでああなったんでしょ。少しは責任感じて下さい」
かなり失礼な事は承知の上だ。智也はきっと見苦しい言い訳をするだろうと思っていた。ところが……
表情こそ激しい怒りを示していたが、完全に黙り込んでいる。
千早は少し拍子抜けした。と、同時にこう思った。
(へ~。思ってた人とちょっと違うかも。見苦しい言い訳を全然しない。意外といい奴なのかな?)
とはいえ、やはり愛する楓とは何としても別れてもらわなければ。
千早にはある考えがあった。楓の元彼のタカヒロの事を教えれば、きっと智也は恐れをなして楓から離れるだろうと思ったのだ。タカヒロはそれくらい魅力にあふれた、男の中の男だったからだ。智也のようなヤサ男など目ではない。
「言いたくないけど、あなたは元彼のタカヒロさんの足元にも及ばないから」
ここまで言っても智也は黙り込んだままだ。千早は智也の事をちょっと見直していた。
「いい機会だからタカヒロさんがどんな人だったのか教えてあげる。知りたいでしょ?」
千早はタカヒロがどんな男なのかを智也に話し始めた。タカヒロは楓の中学時代の1つ上の先輩で、4年前に付き合っていた。この時点でタカヒロが中学3年生で、楓が中学2年生だった。
「タカヒロさんは、言ってみればお姉ちゃんの理想の人だったんです」
タカヒロは中学時代にサッカー部に所属。そしていわゆるツッパリだった。そのためリーダーシップ的に問題ありという事でキャプテンにはなれなかったが、実質的には学校一上手かった。サッカー王国と呼ばれる静岡で学校一だからとんでもない上手さだ。
他にも、あと3つ学校一だった事がある。一つがケンカの強さ。
当時、男女問わずいわゆるワルに憧れるという風潮があった。千早はもちろんケンカなんかしなかったけれど、カッコつけて校則で禁止されているのに髪を染めたり、ネイルしていた。
「ケンカ弱かったら、いざと言う時に女を守れないじゃないですか。智也さんもう少し体鍛えた方がいいですよ絶対。」
2つ目が身長。学校一の長身だ。最後がルックス。俳優としてスカウトされても驚かない程だ。
勉強はあまり得意ではないが、決してバカではない。
「タカヒロさんはお姉ちゃんが中学2年生の時のクリスマスイブに、待ち合わせ場所で暴走車からお姉ちゃんをかばってはねられた。それで亡くなったんです」
「そうだったのか」
智也はかなり驚いた表情を見せて言った。
「だから、12月24日はタカヒロさんの命日なの。毎年欠かさずお墓参りとタカヒロさんの家にお線香をあげに通ってたんです」
タカヒロは文字通り自分の命を投げ出してまで楓の事を守ったのである。千早には智也にそんな事が出来るとは思えなかった。
その後、千早は友和と2人で来た道をそのまま戻る方向に歩いて行った。智也は島田駅の近くだったので駅まで行き、東京に戻った。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第3話はついに千早が楓に愛の告白をします。どうなるのでしょうか? お楽しみに。
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