54話 選抜の日々
それからすぐにシングル『ファンダメンタル可憐少女』が発売された。
お蔭様でチャートでも初週1位を獲得することが出来た。
ただWISHの場合はここ何年もずっと初登場1位を連続で獲得し続けてきたわけで、もし今回1位を獲得出来なかったら先輩たちの顔に泥を塗ってしまう……というプレッシャーの方が大きかったのだが。
新体制のWISHということも話題になり、世代交代を目論んでいた社長の思惑はひとまず成功といったところだろうか。
もちろん浮き沈みの激しい芸能界のことだ。一寸先は闇なことは変わらない。
メンバーたちもそれを受け一安心といった感じだ。
特にセンターに抜擢された舞奈は嬉しかっただろう。だがその喜びも安堵も彼女はさして表に出すことはなかった。1位を取るくらいは当然……という態度を貫いた。
個人的には強がっているような印象を受けて寂しい気持ちもあったが、それは彼女のセンターとしての覚悟であり成長なのだと思う。
当然私も大きく安堵した。
このシングルで売り上げが大きく落ちるような事態になっていたら、間違いなく責任を感じていただろう。
もちろん一人のメンバーの加入がWISH全体に与える影響がどれほどのものなのか、正確には計りようがない。売り上げも人気も様々な要素が絡み合った上でのものだ。だけど当事者なら誰もが責任を感じてしまうものだ。
それからは私個人の仕事も色々と増えてきた。
「マネージャーからの異例の転身」ということで呼ばれていた時期とは違い、小田嶋麻衣という個人を求めてきてくれるような仕事に少しずつ変化していった。
例えば雑誌の撮影などである。
男性誌のグラビアの仕事はあまりなかったが(WISHは水着等の露出の多いものはNG)、女性誌のモデルの仕事などがちょくちょく来るようになった。特に多かったのは20代後半くらいのOLをターゲットにした女性ファッション誌の仕事だ。
モデルとして何回か掲載されたことに伴ってか、インタビューも次第に長尺のものが依頼されるようになった。
若い内からアイドルだった子に比べて、社会人経験がある私のような人間は同世代の女性たちにとって親近感を覚えやすいのだろう。マネージャー時代の苦労や仕事の工夫の仕方などを語るうちに女性ファンは目に見えて増えていった。
仕事の苦労の話などは実際に経験したことなのでいくらでも語れたのだが、メイクやスキンケアの仕方などについては聞きかじりの知識を語らざるを得なかった。同世代女子たちのニーズが一番あるのはそういった部分らしいのだが……何といっても根が冴えない男なのでそういった方への関心は薄かったのだ。それに加え小田嶋麻衣の容姿は天性のもので、美容にさしてストイックにならずともルックスを維持できてしまうことも要因だ
「スキンケアは本当に基本的なことを毎日サボらずに続けるだけですかね」
「スタイル維持に関しては、夜8時以降には炭水化物を取らないようにしています。あとは野菜を沢山食べて、お水を一日1,5リットル以上飲むことを心掛けています」
とか適当なことを言っておいた。
まあもちろん完全な嘘ではないが、実行出来ていることというよりも、こう出来たら良いな、という願望を語った程度のものだ。
実際にはお菓子もラーメンも食べるし、スケジュール的にあまり寝られない日もある。普通のOLの人の方がよっぽど意識高く美容に取り組んでらっしゃるのではないだろうか。それでもルックスをある程度維持出来ているのが、自分で話しながら少し申し訳なかった。
結局は体質という才能ですよね……などという身もふたもないことは流石に言えなかった。
他にも私のパーソナルな部分を深く追求するようなインタビューも多かった。
存在しないはずの幼少期の記憶が、インタビューに答えるうちに自分の中で徐々に捏造され始めていったことはすでに述べたと思う。しかし最近では想定を超えて深く尋ねてくるインタビューも時々あった。
もちろんアイドルだから、記者の人に少々の矛盾を強く突っ込まれることもないし、答えたくないことは答えなくて良いというものなので、そこで私の経歴を怪しまれることはまずないのだが、答えているうちに徐々に自分の中で疑問が大きくなってゆくのを止めることは出来なかった。
それは、自分という存在は何なのだろうか?という疑問だ。
最初にステージを踏んでからもうすぐ2か月になろうとしていた。
だが忙しい日々を過ごすうちに、実際の活動期間以上にもっと長い間アイドル活動をしてきたかのような感覚を抱いていた。仕事は毎日新しいことの連続で新鮮なはずなのだが、徐々にその刺激にも慣れてきてしまうのだ。
私はこれからどうすれば良いのだろうか?
どうしたいのだろうか?
そんな声が次第に自分の内で大きくなってゆく。
ずっとあり得ないことだと思っていたはずのアイドルへの転身。それが思ったよりも世間に受け入れられていることに驚くし、何よりその状態に自分自身がいとも簡単に順応していることに驚いた。
じゃあここからどうするのだろうか?
アイドルとしてトップを目指すのだろうか?
WISHのセンターというアイドル界の頂点と言っても良い場所に、あと少し手を伸ばせば届きそうな所まで私は来ている。
そして、活動期限までおよそ4か月というのは実に絶妙な残り時間だ。
次のシングルでセンターを飾り、惜しまれつつ卒業してゆく……というストーリーにあまりにぴったりなのだ。
そこでの「やめないで!」というファンの人の反応を材料に、社長は「これだけファンの人が惜しんでいるのだからもう少し続けない?」と言ってくる可能性もある。……いや、あの人は間違いなく言ってくるだろう!
メンバーの皆も私のことを応援してくれている(少なくとも表向きは)。
今回のシングルの際にも「麻衣さんセンターじゃないんですか?」と何人かのメンバーに言われた。
そうした声を掛けてくるメンバーたちは、私が彼女たちのマネージャーとして付いていた時のことを恩に感じてくれている節がある。だけどそれに甘えて良いのだろうか?
ファンの人がどう思うは正直分からない。もちろん良く思っていないファンも多いだろうが、何をしたってどっちみち賛否は分かれるものだ。
そしてこの場合、否の声が大きいことがWISHのために絶対ならないかと言うと、必ずしもそうではないのが難しい所だ。
つまり、メンバーそれぞれに多数のファンが付いており、色物である私がセンターに立っていることが彼らを刺激し、それぞれの推しへの熱量を更に高める可能性があるのだ。
こうしたファンの競争心を煽るやり方は卑怯に映るかもしれないが、アイドルをビジネスとして捉えるならば、構造的にそうならざるを得ない部分もある。
……今気付いた。
どうしても私はそうした視点から物事を見てしまうようだ。
マネージャーとしての経験からか、社長にそうした視点を要求されたからなのかは分からないが、どうしてもそうなってしまうようだ。
当然そこには前世の松島寛太としての経験も関連しているのだろう。
もちろん私の全ての行動は「WISHのために自分を捧げる」ということに集約される。それが小田嶋麻衣としての転生が許された条件だからだ。
いや……もう、自分自身としてもそれが目的になってしまっていることにも気付いた。
今さら他の人生を歩むことに興味も湧かない。
では、何が最もWISHのために捧げることになるのだろうか?
そんな気持ちを抱えつつ、求められるままにアイドル活動を続け3か月が経った。
そしてある日、社長からメールが入った。
「現在行っている新メンバー募集のオーディションの最終審査に麻衣も立ち会って欲しいの。麻衣の運営センスを磨くためでもあるし、メンバーだからこその目線も欲しいの。それにオーディションを受けに来た子たちもあなたと会えたなら嬉しいでしょうしね」
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