55話 オーディション

「悪いわね、忙しいのにわざわざ同席してもらって。疲れてない?」


 オーディション会場の会議室に着くと、社長が気遣って声を掛けてくれた。


「いえ、大丈夫です。未来のメンバーたちに会えるのは私も楽しみですしね」


 なるべくにこやかに答えたつもりだったけれど、表情も声色もどの程度作れていたかは少し心許ない。

 正直言って、今回の新メンバーオーディション審査の仕事に対して私はあまり乗り気ではなかったのだ。

 もちろん日々の仕事が忙しくて疲れているのもあるが、そこまで気持ちが付いていけていない……というのが正直な所だ。自分が今後WISHとどう関わってゆくべきなのか、ずっと胸に引っ掛かっていたからだ。


「ごめんなさいね、麻衣……。半年の間に何か手を打ってみせる、って偉そうに言った割に何も手を打てていなくて……」


「え、あ、いや……そんなことないですけど……」


 私の心を読んだかのようなドンピシャのタイミングでの社長の一言だった。


 正直に言えばその点に対する不満を少しだけ感じていたのは確かである。

 私がメンバーとして転向する際、社長は(私の活動期限である)半年の間に次の手を打ってWISHをさらに展開してみせると言っていた。

 しかし約束の期限までもう3か月を切っていたのに、社長の次の一手というものが具体的に全く見えていなかったからだ。

 そして結局行われる新メンバーオーディションというあまりに真っ当な手段が、世間に対する一石になるのか?と疑問に思っていたのが正直なところだ。


 だが、そうした正直さが社長の魅力でもある。

 至らなさを正直に打ち明けてくれる人の方が、付いていきたいと思わせられるものだ。虚勢を張って「何もかも分かってます。思惑通りですよ」という顔をされるよりはよっぽどマシだろう。


「どうですかね?良い子が来てくれますかね?」


「そりゃあ来てくれなきゃ困るわよ!応募総数は6万人を超えてるのよ?」


 私の軽い問いかけに社長は苦笑しながら答えた。


「……6万人ですか」


 私も思わず唸った。

 言うまでもなく6万人の女子がWISHのメンバーになりたいと志願してオーディションを受けたということだ。WISHが国民的アイドルであることの証だと言えよう。

 ちなみに1期生の時の応募総数は2000人程度だったはずだ。 

 あれから7年が経ち、30倍にまで膨れ上がった応募者の中に逸材が潜んでいる可能性もそれだけ高くなっているだろう。……もちろん、30倍応募があったからと言って30倍アイドル適正に満ちた子がいるかと言うと、そんな単純な話でないのも確かなのだが。






「はい、それでは次の方お願いします!」


「失礼します!エントリーナンバー24897番、須藤琴音すどうことねです。よろしくお願いします!特技は3歳の頃から習っていたクラシックバレエです」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はい、それでは次の方お願いします」


「失礼いたします。エントリーナンバー30985番、瀬崎由衣です。私は黒木希さんに憧れてオーディションを受けました。黒木さんの後継者のような存在になりたいと思っています!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はい、それでは次の方お願いします」


「はい!エントリーナンバー56776番、小島慈子こじまちかこです。……え、麻衣さんですよね?あ、ヤバい……」


 小島と名乗った彼女は、突然涙ぐんでしまった。


「どうされましたか?」


 審査員が事情を尋ねる。


「あ、すみません……私、小田嶋麻衣さんの大ファンで……まさかオーディションでこうしてお会い出来るとは思っていなくって、感動して取り乱してしまいました……すみません、続きをお願いします!」


 一瞬涙ぐんだ彼女だったが、気を取り直しオーディション再開を自ら志願した。


「社長!小島さんは私のファンということなので、採用にしましょう!」

 

 私の声に少し笑い声が起き、狭い部屋の重苦しい雰囲気も少し弛む。


「いや、あなたのファンだからって採用していたらキリがないわよ!……では小島さん改めて自己紹介をお願い出来るかしら?」


 社長の声で再び場が締まり、彼女は自己紹介を始めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「どうかしらね、今のところ?」


 社長が軽く一息入れながら誰にともなく話しかけた。

 オーディションも後半に差し掛かったところで、少しだけ小休止を挟むことにした。待たされる候補生たちにとっては緊張するオーディションなど早く済ませてしまいたいというのが本心かもしれないが、審査する側も真剣なだけに疲労が溜まる。

 私も集中し過ぎて頭がクラクラしてきそうだった。彼女たちの真剣さ・WISHへの熱量が伝わって来るから、その中で誰かを落とさなければならないと考えるとその責任の重さを改めて感じる。オーディションを自分が受けている側の方がどれだけ気楽だっただろう。


「いや、どの子もスゴイ魅力的ですね。即戦力になりそうな子も一杯いますよ!」


 運営のスタッフの一人がそう呟き、皆がそれに頷く。

 彼の言う通り、すでに審査を終えた20名弱はどの子も魅力的だった。

 どの子もどこかのティーン誌のモデルをしているかのようなルックスを持ち(今回の年齢枠は13歳から20歳)、同時に様々な個性をも備えていた。歌が上手い子やダンスが抜群に上手い子、すでに芸能活動を経験している子も多数いた。

 おまけに皆、WISHに対する愛も確かなものだった。どの子を選んでもハズレはないのは間違いない。やはりWISHの現在の人気がオーディション参加者の質も間違いなく引き上げてきたのだ。


 だけど、私はどこか言いようのない不満も感じていた。

 それは無い物ねだりのこじつけだと言われても仕方ないが……皆、あまりに優等生すぎる気がしたのだ。

 ……いや、それはこのオーディションという人生でおそらく最も緊張する場面で固くなっているだけなのかもしれない。徐々に素が見えれば彼女たちの人間性もよりはっきりと見えてくるだろう。今までも後輩メンバーたちはそうして馴染んできたのだし、それを引き出すのも先輩たちの役目なのだ。




「あら?この子はちょっと地味ね……。よく最終オーディションまで残ったわね?」


 見ていた次の候補者の資料を社長はこちらに渡してくれた。

小平藍こだいらあい』と書かれた名前の横には、黒髪ショートボブの少女の写真が貼られていた。端正で整った顔立ちはしているが、女子にしては目付きがやや鋭く長めの前髪と相俟あいまって少し暗い印象を与える。今までの子たちが明らかに華があっただけに、彼女が少し異質に見えたのは確かだ。


「まあ社長、写真だけでは分かりませんよ?そのためにこうして面接を行っているのですし」


「そりゃあそうよ。……じゃあ、オーディション再開と行こうかしら?」


 わかりました、とスタッフの男性が返事をして、廊下で待つ彼女たちに再開を告げた。




 ややあって、コンコンと扉をノックする音が室内に響いた。


「はいどうぞ、お入り下さい」


「はい、エントリーナンバー34585番、小平藍17歳です。……よろしくお願いします」


 写真の印象通り少し陰のある表情だった。スラリとした長身で手足が長くスタイルが良い。

 彼女がこちらを向き、私と目が合った。


(……ドクン、ドクン……)


 急に鼓動がとても大きく、早くなったのを感じた。

 同時に全身に鳥肌が立ち、息をするのを忘れる。


(……え?どういうこと?)


 私はパニックになりそうだった。

 もしかして彼女は本当は男性で、私の男性恐怖症の発作が出てきたのだろうか……とも考えてみた。

 しかし、もちろん、そうでないことは身体が本能的に感じ取っていた。



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