47話 ロッカールーム
「お疲れ様で~す」
ロッカールームに入るとレッスンを終えたメンバーたちが着替えていた。
フローラルの甘い香りに思わずたじろぐ。
もちろんメンバーたちの着替えている場面には以前にも遭遇したことはあるが、同じ空間で自分も着替えなければならないというのは……どこか気が引けた。
年少メンバーたちは皆キャッキャウフフと他愛もない話をして盛り上がっていた。最近人気の動画だとか、スイーツだとか……いつの時代も年頃の女の子の話題はそれほど変わりがないように思う。
それにしても皆元気だ。あれだけのレッスンをして、その前は学校で勉強してきた子も多いだろうに、まだまだエネルギーが有り余っているような感じさえする。
私は彼女たちの空気感を損ねないようにひっそりと隅っこに行き、そそくさと着替え始める。
「……ねえ、麻衣ちゃん?前から思ってたんだけどさ、ちょっと服が地味すぎじゃない?」
またもや、いつの間にか隣にいた
……何なんだろうか、この子は?
やはりキャプテンとして視野広くメンバー全体を見ているということだろうか?
彩里の一言に、それまでキャッキャしていたメンバーたちの視線が一斉にこちらを向く。
「ですよね!」
「私も思ってました」
「いっつも私服ダサいですよね……」
「ちょ、ちょっと、何よ、みんなして!……そりゃあ、そんなにオシャレではないかもしれないけど、普通でしょ?ダサくはないわよ!」
私の必死の反論にも皆は軽くため息を吐いたり、やれやれとばかりに首を振ったりと……全く響いていないようだった。
「いやぁ、麻衣ちゃん、全然分かってないわね。例えばこの色褪せたデニムなんだけどね……」
「ちょっと、彩里!履くんだから返してよ!」
彩里は私のお気に入りのパンツを取り上げてしまった。
下着姿の私は恥ずかしさで我を忘れそうだった。
だが必死に伸ばした手も虚しく、私のお気に入りのパンツは他のメンバーの手に渡されてしまった。
「形も色も何年前に流行ったの?っていうくらいの絶妙な古さなのよね……。それにね、麻衣ちゃん脚も長くて真っ直ぐで綺麗だしお尻の形も綺麗だからね、もっと身体のラインが出る服装をするべきだと思うのよね」
そう言うと彩里は私の腰の辺りに手を回してきた。
「ちょ、や……彩里ってば……」
触れるか触れないかくらいのフェザータッチで、思わず声が出てしまった。
「あ、私も思いました。今までいっつもパンツスーツ姿だったから気付かなかったですけど、麻衣さんの脚、めちゃめちゃ綺麗ですよね?ミニスカートとか履いてしっかりと脚出して欲しいです!」
「ね、私も前から思ってたんですけど、麻衣さん髪もすっごいサラサラじゃないですか?どこのトリートメント使ってるんですか?」
今度は別のメンバーに髪も触られてしまっていた。
「や、ちょ……トリートメントなんて普通のドラッグストアのやつよ……」
「え~、絶対ウソだ!今度美容室紹介して下さいね!」
……その後もなんだか物凄く辱めを受けたような気もするけど、全然イヤじゃなかったというのが……こう、あの、まあ……。
とりあえず、一巡してようやく服を着させてもらうことが出来た。
着終わったところで彩里がニコリと微笑んだ。
「ほら、麻衣ちゃんは今まではマネージャーさんだったから、あんまり可愛い格好してメンバーより目立つのに抵抗あったのかもしれないけどさ、これからはもうWISHのメンバーなんだからね?街中でバレた時のためにもあんまり油断した格好はしないでね」
彩里の言葉にもうよく分からないまま頷くと、私はロッカールームの扉に手を掛けた。
「麻衣さん、お疲れ様!」「またねー」「バイバイ~」
振り返って私も手を振る。
若いメンバーたちの笑顔は
あまり接点のなかったメンバーたちとも心なしか打ち解けたられたのは……彩里の作戦だったのだろうか?
「……舞奈、まだ帰らないの?」
帰りがけスタジオの灯りが点いていることに気付いて覗いてみると、桜木舞奈がまだ一人で踊っていた。舞奈は他の仕事も忙しいようで今日も途中からの参加だったが、レッスン中も皆に声を掛け練習を引っ張っていっていた。
今も真剣だけど、曲に入り込んで存分に楽しんでいる表情のようにも見えた。
希と香織の卒コン以来、舞奈は本当に自分の言ったことを実現しつつあるように見える。少なくとも本気でWISHのエースになるつもりで活動していることは間違いない。こうしたレッスンだけでなく普段の振る舞いやSNSの発信にもそれが表れていた。
得意のダンスにもますます磨きが掛かっていたし、きっと彼女なら今までWISHやアイドルに興味のなかった人にも何か印象を残せるんじゃないだろうか?そんな気がした。
「お疲れ様です。……麻衣さんこそ、もう帰るんですか?」
舞奈の言葉にハッとする。
時刻はもう午後9時だし、明日も朝から仕事だから早く帰って寝なきゃ……ということしか考えていなかったけれど、果たしてそれで良いのだろうか?
もしかして舞奈のダンスを間近で見る機会、教えてもらえる機会はこれからそんなに多くは訪れないかもしれない。
「……そうね、良かったら少し教えてくれないかしら?」
私の言葉に舞奈がニヤリと微笑む。少し意地悪な笑みだ。こんな表情以前は見たことがなかった気がする。
「え~、どうしよっかなぁ?……仕方ないなぁ。麻衣さんだから、特別ですよ」
どっちみち私のアイドル活動は半年間の限定なのだ。
キツイことも楽しんじゃった方が楽しいかもしれない。だったら限られたその期間で自分が自分をどこまで向上させられるのか……自分で自分のことを知りたいと思った。
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