24話 実家での再会②

「少し静かにしいな!」


 母親の大きな声に緊張感が走る。

 俺と希は思わず顔を見合わせる。……やはりこの家の敷居を跨ぐべきではなかったのだろうか?


「ん?どないしたん?2人とも」


 2人の緊張感を察したのだろう。

 光莉ちゃんがニヤニヤと俺と希の顔を交互に覗き見てきた。


「何?おかんの機嫌が悪くて心配なん?めっちゃ怒られると思ってるん?」


 若さゆえなのか?とてもデリカシーのないことを口に出していることに気付かないのだろうか?

 ……いや、そうではない。光莉ちゃんの顔はどう見ても分かった上でこの状況を楽しんでいるものだった。

 姉妹といえどあまり似ていない……と思っていたが、悪戯っぽい表情はそっくりだった。


「な?二人とも付いてきてみ?」


 悪戯っぽい笑顔をますますほころばせ、光莉ちゃんが指で方向を示した。

 キッチンではお母さんが何か作業をしていたが、キッチンとつながった大きなリビングのさらに向こうを光莉ちゃんは指していた。


「失礼します、お邪魔します、失礼します……」


 社会人として染み付いた礼儀というよりは、この場の雰囲気のせいなのか、俺は不自然な挨拶をしながらリビングに足を踏み入れていた。

 だが、それに対して光莉ちゃんは俺を睨み、指を口元に持っていきシーッと囁いた。

 どうやらキッチンに立つお母さんに気付かれたくないようだ。

 幸いにしてリビングの広さに対して俺の声が小さかったせいか、お母さんは気付いていない様子でキッチンで作業を続けていた。

 俺の後ろに付いてきた希もそれに倣う。

 抜き足差し足……泥棒のような足取りでリビングを突破しかけたところでセキュリティシステムが作動した。


「待ちね、どこに行くん!」


 どうやらキッチンに立っているお母さんは、後ろにも眼が付いているタイプの人だったらしい。

 振り返りもせずに声だけで私たち3人は動きを止められた。


「どこ……って?お姉に荷物置いてもらおうと思って」


 光莉ちゃんが平然とした顔で答えるが、母親を納得させるには至らなかったようだ。


「荷物ならその辺に置いとけばええ。ウロチョロせんと座っとき!」


 魔王の一言に光莉ちゃんも観念したらしく、大人しくリビングに腰を下ろした。


「あ、あの……すごい立派なお家ですね。希さんがこうして立派に育たれたのも納得します!」


 こちらが腰を下ろしたことも当然母親は見ているのだろうが、キッチンに立ったままこちらには何の関心も示さなかった。

 そうした気まずさを払拭するために、お母さんに向かって俺は話を振ってみたのだが……お母さんは見向きどころか返事すらも返してくれなかった。


「……別に立派な家ちゃうよ。この辺は田舎やから、どこもこれくらいの広さはあるよ」


 質問に答えてくれたのは隣に座っていた光莉ちゃんだった。

 ふと見るともう一方の隣に座る希の表情は未だ硬かった。数年ぶりに帰ってきた実家だというのにも関わらずである。

 気まずい沈黙がなおも続きそうな気配だったが、光莉ちゃんはどういう思惑なのか、今度は俺にお母さんに向かって話しかけるように……というジェスチャーを俺に示した。

 ……いや、JKの光莉ちゃんから見たらマネージャー業をしている私は何でも出来る大人に見えているかもしれないけどね、こっちだって繊細な乙女心を持った女子だよ?気まずい雰囲気の中話し続けるのはかなりしんどいんだよ?そっちはお母さんの性格も熟知しているだろうけど、こっちは初対面だよ?余計に気も遣うし、怖いんだよ?……とは散々思ったが、まあ相手は可愛いJKなので当然言うことに従わないわけにはいかなかった。


「……いやぁ、それにしてもお母さま。希さんはやはり子供の頃から抜群の美少女だったのですか?実は私はマネージャーになる前からWISHのファンでしてね。中でも希さんにはやはり目を惹かれたと言いますかね………………」


 オタク話を始めると止まらなくなった俺に対して、お母さんは相変わらず何の反応も示さなかった。

 その様子を見ていた光莉ちゃんが希に目配せをし、2人は再び抜き足差し足で動き出した。

 意図は全く分からなかったが、とりあえず俺は返事のないお母さんに向かって自分と希との出会いについての話を続けた。


 やがて、ガチャリとドアの開く音がした。古い家だからだろうか?その音は不自然なほど大きく響いた。

 驚いて俺も音のする方を振り返る。

 釣られたように初めてお母さんもこちらを振り向いた。


「ちょ、光莉!何しとる!」


 その顔には明らかな狼狽の色が浮かんでいた。顔立ちはあまり似ていないのに、驚いた表情は希とそっくりだった。


「み~んな、お姉の物ばっかよ!」


 光莉ちゃんが開けたのは、お母さんの寝室だったようだ。

 古い和室には不釣り合いな、カラフルで今っぽい雰囲気のグラビアや雑誌のポスター、さらにはWISHのグッズなども多数あった。

『黒木希』と大きく文字の入った推しメンタオルが壁に掛けられていたし、最新シングルのポスターも壁に貼り付けてあった。ポスターは初回盤CDの特典でしか手に入らないものだったはずだ。

 そうだ……母親の部屋は希の物で溢れ返っていたのだ。




「……やめいて、光莉……」

 

 恥ずかしそうな顔をしてお母さんが呟いた。

 根が生えたようにキッチンから動かなかった彼女だったが、いつの間にか俺たち3人と自室の間に立っていた。

 

「何で……?」


 希が半ば茫然自失といった表情で呟いた。

 芸能活動を反対している母親が自分のグッズを部屋中に集めているのだ。たしかに

意味が分からないかもしれない。


「何で、って……そりゃ娘やろ」


 お母さんはそっぽに向かって呟くように答えた。……返答なのか独り言なのか分からないような言い方だった。

 だが娘である希にはそれだけで充分伝わったようだ。

 ポロリと涙をこぼし、やがてヒックヒックと嗚咽混じりに泣き始めた。


「……だって……あんなに反対してたやん。芸能界なんてロクなところじゃない、アイドルなんて人間のすることじゃない、ボロボロに使い捨てられて笑い者にされて捨てられるだけだ!って、めちゃくちゃ言ってたやん……」


 お母さま!人間のする仕事じゃない、という部分は合っているかもしれません!……などと口をついて出そうになったが、やめておいた。……まあ少なくともあまりに過酷な部分を知らせるのは心配をかけるだけだろう。

 希の泣きながらの言葉にもお母さんは、困ったような不機嫌なような分かりづらい表情を浮かべ、黙っているだけだった。

 希が追撃の言葉を掛ける。


「……それに去年『少しだけど仕送りをしたい』って連絡した時なんか、返事もくれんかったやん。そんな仕事でもらった金なんか受け取れん……ってことやったんやろ?ウチ、ショックやったんよ?」


「……アンタも東京での生活が大変やろうに、そんな金は受け取れん。こっちは別に金には困っとらん」


 ようやく母親は口を開いて答えた。

 今までの強い口調とは違ったボソボソとしたものだった。……怒られている子供が不貞腐れながら答えているかのようだった。


「え?え?お姉はお母に嫌われてると思ってたん?バカやねぇ……。お母なんかテレビにお姉が出てくると飛んでくるし、雑誌も本屋で買うのが恥ずかしいからってネット注文の仕方も勉強しちゃってさ……ミーハーなファンみたいやん」


 またまた面白がるような口調で光莉ちゃんが横槍を入れてきた。


「……ウソや?……え、ホンマなん?」


 希の心底驚いた表情に、お母さんも観念したような顔を見せた。


「……アンタは自慢の娘やでな。……ワケの分からん芸能界みたいな所に取られるのが嫌だったんよ」



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