19話 微睡みの中で
(……?)
目を覚ますとそこは見覚えのない場所だった。
窓から差し込む赤い陽光が、朝日なのか夕日なのか判別出来なかった。
……もしかしたら何もかもが夢なのかもしれない。別にそれならそれでも構わない気がした。ほんの束の間でも幸せな夢を見られたのなら、それだけで充分なのではないだろうか?
(ああ、そうか……)
傍らにある黒木希の安らかな寝顔を見て、ようやく俺は状況を思い出した。
俺自身も希に付き添っているうちに眠ってしまっていたようだ。
スマホには社長からの着信とメールが入っていた。
すぐに社長に折り返しの電話を掛けながら、希の目を覚ましてはいけないと思い、部屋を出てゆく。
状況を説明し、俺も眠っていたことを正直に説明すると、社長は笑いながら「麻衣も疲れていたのね」と笑ってくれた。理解のある人が社長で本当にありがたかった。
「希の体調はどうなの?」とも質問された。言うまでもなく社長にとってはこちらが本当に尋ねたかったことなのだろう。
「どうでしょうね?もう少し安静にしておいた方が良いと思いますが……」
俺はやや曖昧な返事で逃げた。
もちろん会社として、彼女にすぐに仕事に復帰してもらうことが望ましいことは分かっていた。彼女をメインに据えた仕事が明日からも何本もあり、そこにどれだけの大人が動いており、大きな予算が注ぎ込まれているのかも分かっていた(無論正確な数字を把握しているわけではないが)。
だけど……彼女のさっきの状況を目の前で見せられたのに「体調が治ったのならまた明日から仕事がんばりましょう!」などと彼女に告げることは……今の俺には出来なかった。可能な限り少しでも休んでいて欲しかった。……例え希本人がすぐに働きたいと言い張ったとしてもだ。
「……分かったわ。とりあえず明日の仕事は全部飛ばしておくから……。状況分かり次第すぐに連絡してちょうだいね。……あと、麻衣。あなたも体調に気を付けるのよ。あなたまで
社長の言葉は、俺のそんな気持ちまで見透かしたかのように優しかった。
伝わるわけもない最敬礼をして、俺は電話を切った。
「どうですか、希さん?」
とりあえずそう声を掛けながら、俺は希の部屋に戻った。
「ん……」
俺の問いかけに返事をしたように思えたが、彼女は目を覚ましたわけでもなさそうだった。寝惚けたまま返事をしたのだろう。
「ね?……今はゆっくり休んで良いんですからね……」
寝言に返事をするのは眠りを妨げるので良くない、という話を聞いたことはあったが思わず俺は答えていた。普段の彼女は言うまでもなくとても魅力的だけど……こんな状態の方が身近に感じられる存在な気がして、たまらなく彼女が愛おしかった。
「だめやに……ウチはもっと頑張らなあかんのよ。おかん……」
不意に聞こえた希の寝言に俺はハッとした。
WISHのメンバーの多くはお嬢様と呼んで差し支えないような良家の娘さんばかりである。別に元々そういったコンセプトでメンバーを選んでいったわけではないのだが、自然とそうなったようだ。それがグループの清楚で上品なイメージを作っていったのは間違いない。
余裕があるためか、アイドル活動に関してもほとんどの家が全面的に応援してくれているという印象だった。
だが、そうだった……。黒木希の家は必ずしもそうとは言い切れない部分がある……ということを社長から聞かされていた。父親は全面的に応援・協力してくれているそうなのだが、母親が芸能界に進むことに反対し、今でもあまり積極的には応援していないとのことだった。
(……たしか三重県だったな。……そうか。もしかして、そういうことなのか?)
彼女の出身は確か三重県だったはずだ。関西弁に似ているけれど少し柔らかいイントネーションの寝言は、恐らくその地元の言葉なのだろう。
そして俺は思い至った。先日の密着大陸のロケを二つ返事で引き受けた彼女のことだ。もしかしたら……もちろんこれは推測の域を出ないが、一般層にまで届くような……普段あまり娘の活動に興味を示さない彼女の母親にも届くような活動だから、彼女はそれを積極的に引き受けたのではないだろうか?
証拠はもちろんないし、希本人に問いただしても認める可能性は低そうに思えたが……俺には間違いないように思えた。
何だろう?……多分希の母親にも母親なりの理由があるし、彼女を愛しているがゆえに芸能界の活動を反対しているのだろう。だからもちろん、赤の他人が母親の姿勢を頭ごなしに否定することなど出来ない。
でも、黒木希以上に成功した人間を探すのが難しいほどに彼女は芸能界で成功した……と言って良いだろう。だから、もう希のことを認めてあげても良いんではないだろうか?と、無責任かもしれないがどうしても思ってしまう。……いや、もちろん親子の関係には他人が口を挟めない部分がきっとある。そこに我々が口を挟むのは……どうなのだろう?と思ってしまうのではあるが。
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