13話 勝負のライブ

 全国ツアーの初日が開幕した。


 転生してからずっとファン(きっかけはもちろん自分の命を守るためだったが、どう考えてもファンになっていた)として見てきたグループのライブを裏側から観られたのは、とても感慨深いことだった。


「お疲れ様でした~!」

「お疲れ様でした!」


 2度のアンコールを終えて楽屋に戻ってきたメンバーたちを、スタッフ全員が拍手で迎える。メンバーたちの成功は裏方スタッフ全員の成功でもある。汗だくのメンバーたちもそれに笑顔で応える。

 ライブ終了後の楽屋というのはアドレナリンが大量に出ているため、メンバーたちのテンションは異様に高い。2時間超のライブが終わったばかりだというのに、皆疲れた顔も見せずわちゃわちゃと談笑し始めたり、時には奇声を上げたり、ケータリングに手を伸ばしたり、年少メンバーに至っては追いかけっこを始める始末だった。


(若いなぁ!……っつーかみんな基本的にエネルギッシュだよな!)


 彼女たちと接するようになって感じていたことだが、どのメンバーもみんな基本的に元気だ。もちろん年頃の女子だから不安定な部分もあるし、体調を崩すことも多いが、それでも稼働している時間を考えれば、普通の女子より体力的にタフなメンバーばかりに思える。彼女たちは単に可愛いだけの存在ではない。

 過酷な仕事をこなすうちに彼女たち自身がそうしたタフさを身に付けていったのか、あるいは運営側がメンバーを選ぶ際にそうした点まで考慮していたのだろうか。


「はーい、みんなお疲れ様!いいライブだったわよ!会場の撤収時間もあるから1時間後には出られるように準備してね!」


 社長の一声にメンバーたちも、はーい、と返事をした。

 やはりこういった場で言うべきことをきちんと言えるのが、社長の器の人間なのだろう。

 

 


「黒木さん、お疲れ様でした」


 1時間後、メイクを落とし比較的カジュアルな私服姿の黒木希に、俺はようやく声を掛けることが出来た。


「あ、麻衣ちゃん。お疲れ様~、ありがとうね!」


 同じ年齢ということもあってか最近ではかなりフランクに接してくれるようになった。日本中で彼女とのそうした親密な関係を妄想している人間は無数にいるわけで……それを実際に体感できるという事態に時々わけが分からなくなる。ライブが終わった開放感なのか、彼女もかなりリラックスしているように見えた。


「あの……ライブとても良かったです!私ずっとWISHのファンだったんです。こうしてマネージャーとして入社して、お仕事で関わることが出来て、皆さんの頑張っている姿をそばで見ることが出来て……本当に感動しました!」


 本当にここ最近は激動だったといって良い。

 ライブが差し迫っても彼女の個人仕事はずっと途切れることはなかった。希だけでなく他のメンバーもそうだ。結局全員が揃ってリハーサルが行えたことは一回だけだった。

 それでも想定以上のクオリティを本番では見せ、それに応えるようにファンもライブを盛り上げることで、その空間を一緒に作り上げていた。ファンの笑顔は間違いなく本物だった。

 希本人のパフォーマンスも素晴らしいものだった。練習時間がほとんど取れない中で、ミスがなかったことだけでなく曲に入り込んだ時の表情は圧巻だった。大人っぽくカッコいい曲では鳥肌が立つほどクールにキメて見せ、明るく可愛い曲では23歳とは思えないほど無邪気な表情を見せた。

 これこそがプロだ!と俺も思ったし、観客にもそれが伝わっているであろうことは盛り上がりを見れば明らかだった。これこそが彼女がWISHの絶対的エースである所以ゆえんなのだと理解した。


「そう?ありがとね。ツアーはまだまだ続くから、もっと頑張るわ。……えっと明日は何時からだっけ?」


「あ、はい明日はですね……テレビ収録が朝からありまして、9時に迎えの車が来るので…………」


(あれ?)


 彼女とは心理的な距離が少しだけ縮まってきた実感があっただけに、もっと喜んでくれるかと思っていたが、彼女の反応はそれほどでもなかった。明日の仕事の説明をしつつも俺はそれが気になった。


「希~!車出ちゃうってよ~」


 送迎の車にすでに乗り込んでいたメンバーからそう声が掛かった。

 すでに国民的アイドルとなった彼女たちに電車移動をさせるわけにはいかず、こうして事務所お抱えの運転手が送り迎えをするのが常だった。ただ流石にメンバー1人に1台というわけにもいかず、自宅が近いメンバーは複数人で乗り合って移動することがほとんどだ。


「分かった、今行く~!……じゃあ麻衣ちゃん、また明日よろしくね」


「はい、お疲れ様でした!」


 車に乗り込む後ろ姿の彼女に、俺は頭を下げてから見送った。




 帰宅した俺はメンバーでもないのに、全国ツアー初日が終わったという開放感から一人チューハイを飲んでいた。前世の松島寛太は全く酒が受け付けず無理に飲んでも苦しいだけだったのだが、この小田嶋麻衣の身体は酒とも相性が良いらしく時々飲むことが習慣になっていた。

 もちろん黒木希が明日仕事であるということは、マネージャーである俺も仕事であるというわけで、飲み過ぎるわけにはいかない。……そして俺は自分が神から与えられた美貌の持ち主であるということを理解しており、万が一の失敗を避けるために家でしか飲まないことは決めていた。


(あれは……何だったんだろうな?)


 やはりライブの感想を述べた際の、希の微妙な反応が思い出された。

 普通に考えるならば、満足の出来るライブの内容ではなかった、ということになるのだろう。もちろん本人にしか分からない細かなミスなどはあったのだろうが……それはきっとどんなレベルのアーティストだってそうだ。現状の彼女の忙しさを考えれば、ステージに立ってパフォーマンスが出来ただけでも立派なことだ。誰も彼女を責めることなど出来ないだろう。

 もしかして、大きなライブを終えた次の日も朝から仕事が入っていることが不満だったのだろうか?少しは休ませろ!という要求ももっともだが……いや、彼女はそんな人間ではないはずだ。どんな仕事も全力で取り組んでいるしその瞳はいつも輝いている。彼女はきっと仕事が好きなのだ。

 あるいは、俺の伝えた感想が何かズレたもので彼女をイラだたせてしまったのだろうか?

 色々考えたが確かな答えは出なかった。かと言って今さら彼女に「何であの時不機嫌だったんですか?」なんて確認することは不可能だ。……まあ過ぎてしまったことは仕方のないことだ。明日は明日の仕事に集中するしかない。




『お願い、麻衣。あの子を支えてあげて』


 チューハイの最後の一口を飲み干した時、不意に社長の顔が頭に浮かんできた。いつも豪放磊落ごうほうらいらくな人間のシリアスな表情はそれだけ強く印象に残る。


(社長の言った通り、黒木希は何かを抱えているのだろうか?……もちろん取り越し苦労ならそれで構わない。俺は俺の出来る仕方で彼女を支えよう。そうすることしかできないのだから)


 そんなことをぼんやりと思いながら、俺は眠りについた。



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