SCENE:7‐3 13時05分 海砦レムレス 管理区 桟橋

「諸君、これは戦いではない」


 ネムルは言う。


「我々は武力行使を望まない」


 ネムルは言う。


「危機を察知したならば、退却せよ」


 ネムルは言う。


 そして、首からぶら下げていたホイッスルを口にくわえる。


「作戦開始っ!」


 ピーッ! という笛の音とともに、足元に整列していたメモリー・ラビットたちが、一斉に跳躍した。


 その数、百五十。


 傾斜の激しいレムレスの坂道を下ってゆく様は、さながら弾力のあるゴムボールをばらまいたようである。


 メモリー・ラビットは、ネムルの代表的な発明品で、卵形の動体に長い耳と短い足がついたウサギ型のロボットだ。

 瞳代わりのカメラレンズであらゆるものを監視、記録することができる。


 近年メモリー・ラビットは改良され、新機能が追加された。




 ぴょこーん! ぴょこーん! ぴょこーん! 


 ぴょこーん! ぴょこーん! ぴょこーん! 


 ぴょこーん! ぴょこーん! ぴょこーん! 




 メモリー・ラビットたちは海砦の人工海岸を目指して突き進む。最終目的地は汐生町。海岸にやってきたメモリー・ラビットたちは一時停止する。


 目前には波立つ外海がいかい。互いに顔を見合わせながら、途方に暮れたように立ち尽くす。


 すると、ある一体が、水平方向に寝かせた耳をくるくると回し始めた。


 頭上で回転する二つの耳は次第に勢いを増し、やがてメモリー・ラビットは宙に浮き上がった。


 他のウサギたちも続々と空へ舞い上がる。プロペラの耳を高速回転させながら、タンポポの綿毛のように気流に乗って街を目指す。


 そわそわと旅立ちを見守っていたネムルは、すべてのウサギたちが海の彼方へ消えてしまうのを見届けたあと、「曼荼羅ガレージ」へ戻った。


 回転座席に飛び乗って、キーボードを操作する。リビングの巨大なスクリーンモニターに、雲ひとつない晴天が映し出される。青色の濃度がバラバラなのは、ウサギたちの見ている景色が個体により違うからだ。百五十に区切られ、青色のモザイク画のように見えていたディスプレイは、数分ほどで雑多な街の風景に変わった。


 ネムルは身を乗り出し、市街の人々を目で追う。その中でもこれはと思う人物を、メモリー・ラビットにマークさせる。ほとんどが、屈強な肉体の外国人。一般人とは一線を画している。

 カフェのテラスで、公園のベンチで、広場の片隅で、彼らは鋭い視線を周囲に走らせている。


 小さなメモリー・ラビットの存在に気づく様子もない。


「スナーク隊は何をしているんだ?」


 ネムルはあごに手を当て、独りごちる。椅子にもたれて思案を巡らせるが、何も思いつかない。


 推理を諦め、再びディスプレイを見上げる。


 すると、汐生中学校へ潜入したメモリー・ラビットがいた。画面に大きなグランドピアノが映っている。ここは音楽室のようだ。授業が入っていないのか、今の時分はもぬけのからだ。窓の形に切り取られた陽光が、穏やかに黒板を照らし出している。


「ユークとさりゅは、どんな学校生活を送っているのかな……」


 気にならないわけではないが、メモリー・ラビットを使って追跡しようとは思わない。

 それは日常の、何気ないお喋りの中で知るべき情報だ。


 ネムルは観測を続ける。


 瞬間、別のディスプレイに大きな手が被さってきた。一匹のメモリー・ラビットが何者かに捕まった。


 ネムルは緊張した面持ちで、画面を見つめる。


 すると、知った顔が映し出された。呆れ様子で何か言っている。口元を見るに「まーたお前の発明品か」とか、そんな意味の言葉だろう。


 一匹のメモリー・ラビットが侵入したのは、ベイサイド探偵事務所――渚の仕事場だったらしい。渚に両耳をつままれたメモリー・ラビットがジタバタと暴れ回り、ならって視界も左右に揺れる。


 ネムルはキーボードを操作し、捕獲された一匹から近距離にいる別の個体に指示をあたえる。




 ぴょこーん! ぴょこーん! ぴょこーん! 


 ぴょこーん! ぴょこーん! ぴょこーん! 




 ぼかっ!




「~~~っ!!」


 スピーカーをオンにせずとも、声にならない叫び声をネムルは聞いた。駆けつけた一匹が、勢いをつけて渚の頭に突撃したのだった。



 その隙に手から離れたメモリー・ラビットが、事務所の外へ退却する。後頭部を押さえながら、渚が何か言っているが、もちろんこちらには届かない。


 ネムルは何事もなかったかのように、再び街の観測に戻った。

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