SCENE:2‐3 21時47分 部屋 

 彼はその作業を「操作」と呼ぶ。「操作」は標的の電子操作の妨害や、権限の乗っ取り、システムへの侵入や破壊に使われる。


 他に「削除」と「妨害」がある。どれもキーボードを叩き、マウスをクリックするだけで実行される。様々な機械と連動させて、肉体や精神に暴力的なダメージを与えることも可能だ。


 物心のついた頃から、彼はこの3つの作業を生業なりわいとして生きてきた。ボタン一つで実行される第一級の悪事。初めは教えられたことを、ただ実行しているに過ぎなかった。

 戦争や殺戮さつりくは、海を超えた遠くの国で行われていて、自分の作業が影響を及ぼしていると言われても、いまいちピンと来なかった。


 それなのに、いつからだろう。この指先が、銃よりも重い引き金を引いていることに気づいたのは……。


「何、感傷に浸ってんのよ。豪!」


 ハッと我に返った彼は、弱々しい笑顔を浮かべる。その笑みが、ますます女王様を苛立たせる原因になるとは知らずに。


「豪、あんたってホントに弱いわね! 身体も弱いし、心も弱いし、いつもパソコンとにらめっこしながら、ウジウジカタカタウジウジカタカタ……あーっ! 言葉にするだけでイライラする!」


 少女のキンキン声が疲れた頭に響く。反論しようものなら、さらに高い金切り声で言い返されるのがオチだ。


 彼女の性格を心得ている南雲は、巧みに話の矛先をらす。


「この前の素人ハッカーのネットワークに侵入できたよ」


「なんですって?」


「ついでに特殊なウィルスを仕込んで裏口バックドアを作成しておいた。これで遠隔操作リモートできるよ……ほら」


 言い終わらないうちに、南雲を押しのけ、パソコンを操作しようとする彼女。

 人差し指でキーボードを叩いているような素人に、妙な痕跡を残されてはたまらない。南雲はマウスをしっかりと握りしめ、彼女が触れるより先に捕らえた獲物を見せてあげることにした。


 たくさんのフォルダをかき分けながら、南雲の頭によぎったのは、一般人とは思えないセキュリティの頑丈さだった。

 ハッキングの素人にしては、守りの網が硬すぎる。

 素人ハッカーの背後で、誰かーーITシステムに詳しい誰かーーがPCを調整しているらしい。


 しかし、侵入先のデータに重要そうなものが見当たらない。


 保存されているものといえば、美味しそうなケーキを映した写真や、外国語で書かれたラブレター、ロックバンドの楽曲データ、遊ぶ予定がぎっしり詰まったスケジュール帳のアプリケーションなど、くだらない情報ばかり。


 なのだが……。


 ――うらやましすぎて、涙が出てきた……。


「あなたには、友達も、好きな人も、遊ぶ予定もないものね」と彼女。


「……僕の思考を勝手に読まないでくれ」と南雲。


 涙を拭って、再び写真のフォルダを開けると、持ち主と思われる女性の写真がたくさん出てきた。


 直接の面識はないが知った顔だ。


 ……なるほど、憎き敵の正体がわかった。


「犯人はリリー・タイガーだ」と南雲は言った。

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